渥美清さん(写真/共同通信社)
「渥美さんとはドラマ『泣いてたまるか』(1966年~1968年放送、TBS系)から共演して、よく話もしてくれましたが、撮影所に来たときから役になりきっています。振り返ると、素顔の渥美さんはどんな方だったかな、とわからなくなりました。2019年の50作目の試写会には、奥さんもお子さんもいらしていましたよ。
蛾次郎さんも『男はつらいよ』の前からドラマで何度も一緒になっていました。『男はつらいよ』の撮影のときは、2人で監督の目を盗んで横浜まで飲みに出かけたりしていたんです。すごく楽しい人で、『男はつらいよ』の現場でもみんなに愛されていましたね。最後に会ったのは『男はつらいよ』50作目の舞台挨拶のとき。亡くなるなんて、本当に寂しいです」
今も続く共演者らとの交流
『男はつらいよ』出演者。左から前田吟、浅丘ルリ子、倍賞千恵子、山田洋次監督、後藤久美子、吉岡秀隆、夏木マリ(2019年撮影/時事通信フォト)
共演者らとは、今も交流があるという。
「チーちゃん(倍賞千恵子)からはたまに電話があります。先日は、(最近再婚したばかりの)女房に『私、元の女房よ』なんて冗談で挨拶したものだから、女房が『そういう関係だったんですか!?』ってびっくりしちゃって。『バカだな、役の上での話だよ』って(笑)。
数年前には、振り込み詐欺の電話がかかってきて、1000万円をだまし取られそうになった話をしたら、倍賞さんも山田監督も大笑いしていましたね。お金は無事でした。僕、前の女房が亡くなるまで自分で銀行に行ったことがなくて。息子になりすました詐欺師が『銀行に行ったことがないなんて、バカ言っちゃいけないよ』なんて怒っていましたけど、ほんとなんですから(笑)」
『男はつらいよ』の43作目とかぶる形で、1990年にドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)がスタート。これも人気シリーズとなり、前田さんの代表作のひとつとなった。
「2021年に亡くなった橋田壽賀子先生には、1970年代にNHK銀河テレビ小説『となりの芝生』など“となりの3部作”に起用していただいたのが最初でした。その繋がりで、その後も何度もお声がけいただいたのですが、『人気シリーズにばかり出ている俳優』と思われるのが嫌で、『渡る世間~』も最初は出演を渋ったんです。申し訳なかったということとお礼を、亡くなる前にお伝えできなかったのが心残りです」