坂本龍一もYMOとして活動(時事通信フォト)
『君に、胸キュン。』をどう受け止めていいのかわからなかった
だから、少しなりを潜めていた後の『君に、胸キュン。(浮気なヴァカンス)』には正直戸惑った。1983年、カネボウ化粧品の春のキャンペーン・ソングである。あの頃、資生堂とカネボウのCMはもっともメジャーな「メディア」だった。それまで無機質さが個性だった彼らが「胸キュン」などという単語を用いて明るく歌い、 MVでは3人でステップを踏んで踊ったりカメラ目線で微笑んだりするのだ。確信犯的なアイドルの模倣を、生意気盛りに差し掛かった私はどう受け止めていいのかわからなかった。今ならあのおもしろさを素直に楽しめる。批判ではなくて批評という知的な娯楽だと思う。
彗星の如く現れたYMOの最初の活動期間は約5年間。発売されたアルバムの主なタイトルを羅列してみると、『イエロー・マジック・オーケストラ』『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』『増殖』『BGM』『テクノデリック』ときて、『君に、胸キュン』が収められている『浮気なぼくら』だった。私の戸惑いがわかってもらえるだろうか。その後『サーヴィス』を出して、いったん活動を休止する。
振り返ってみると、そこまでは全てレコードで享受した。大きなジャケ写があって、A面があってB面があって、針の音も含めての音楽で、聞けば聞くほど文字通りすり減っていく。なんと贅沢な時代だったのだろう。
YMOはあの時代の象徴である。バブルに向かって街がどぎつくなっていく少し前、いろいろな情報がみんなキラキラ見えた。高橋幸宏さんの死によって、あの頃も六本木の WAVEももうすっかり過去になった。どんなに時代が変わっても、わざとらしい笑顔より無表情の方が洗練されている、それを信じていこうと思う。
◆甘糟りり子(あまかす・りりこ)
1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊『バブル、盆に返らず』(光文社)では、バブルに沸いた当時の空気感を自身の体験を元に豊富なエピソードとともに綴っている。