掲出された貼り紙
怒りの増幅はエネルギーの無駄遣い
騒動が起きてから、少年が通っていた高校にはクレームの電話が相次いだ。また、スシローの運営会社でも、来店客の監視態勢や品質管理を疑問視する怒りの電話が鳴り止まなかったという。呉氏が続ける。
「直接被害を被っていないにもかかわらず、今回のような事態を目の当たりにすると、正義を訴えたい気持ちが強くなるんです。電話をする人も、動画を拡散する人も、“いまの社会は乱れている”“こんなけしからん事例がある”と純粋な正義感で行動する。人間の心理として、自分は正義の側に立ちたいという思いがあるのでしょう。しかし、時として行きすぎた正義感が、違った方向へ向かってしまいかねません」
実際、動画の拡散は、情報の共有というより怒りの波動のように伝わっていき、ついには「#ネット処刑」という言葉がトレンド入りしたほどだ。だが「処刑」という言葉はいささかエスカレートしすぎにも感じられる。エッセイストの辛酸なめ子氏は、少年の行為は「おもしろさをはき違えた若者の奇行、蛮行」と前置きして、こう話す。
「動画を見て不潔だと思ったり、嫌悪感を抱いて一時的に怒りを覚えるのは普通の反応だと思いますが、自分が直接被害を受けていないのに、何度も動画を見て怒りを増幅させる人々はエネルギーの無駄遣いをしているようにも感じます。少年たちのレベルの低さに、降りていってしまう感覚になるというんでしょうか。そうなったら彼らの思うつぼです。
被害を受けた企業の厳しい対応や、少年が反省しているなどのニュースを見て、ホッとするぐらいがちょうどいいんだと思います」
怒りを増幅させるのもまた、騒動に踊らされた“バカ”だと言わざるをえない。その感情は、過剰なまでに少年と家族へと向けられた。
「今回のことで、少年も両親も憔悴しきっています。“これ以上、学校に迷惑はかけられない”と高校を自主退学しました」(前出・近隣住民)
「子供が触ったりとか普通にある」
現在、スシローの各店舗では、テーブルとレーンの間の一部にアクリル板を設置するなどの緊急措置がとられている。しばらくの間は全国の店舗で、注文を受け次第商品を提供する形態で営業していくという。
もちろん飲食店において、店側の衛生管理は何より重要なものだ。しかし、そもそも回転すしは「利用客が節度とモラルを持っている」ことを前提にしなければ、安心して楽しめないシステムでもある。
「いたずら動画を目にすると、もしかしたら、自分がそれを口にしてしまうかもしれないという嫌悪感が募る。時間が経てば“そんな事件もあったね”で済ませられるようになるかもしれませんが、当面は“スシローには行きたくない”と思ってしまうのは避けられないことなのでしょう」(前出・呉氏)
それどころか、「回転すしチェーンではどこでも行われているのではないか」と忌避する声も聞こえてくる。だが待ってほしい。スシローだけを見ても、全国に600店以上展開している。“ぺろぺろ動画”は、そのうちの1店舗の、1席のしょうゆボトルと湯飲みに行われたに過ぎない。そのためだけに、スシローはおろかほかの回転すしチェーンにも“行かない”という選択をするほど恐れるのは、拡大解釈が過ぎるのではないだろうか。
2月3日、匿名掲示板『2ちゃんねる』の開設者で実業家のひろゆき氏は、ネット番組『ABEMA Prime』で次のように話した。
「たしかに高校生は悪いと思うんですけど、ああいうところって子供が触ったりとか普通にある。ボックスシートの回転すし屋ってそういうもんだよね、って話だと思う」
騒動後、SNS上に1本の動画が投稿された。スシローで初めて大トロを食べた9才の男の子。テーブル席で大トロをほおばると、天を仰いで至福の表情を浮かべるのだ。回転すし店はそんな光景が見られる場所で、SNSはそんなほっこりとした感情を共有できるツールであってほしい。
※女性セブン2023年2月23日号