ライフ

小説『ボタニカ』の作者・朝井まかて氏が語る牧野富太郎「知ることの歓びの種蒔きをした」

朝井さん

朝井まかてさん

 植物学者の牧野富太郎の生涯を描く朝ドラ『らんまん』が4月3日にスタート。独学で植物知識を身につけた博士の業績に注目が集まっている。牧野の人生を描いた小説『ボタニカ』の作者・朝井まかてさんが、牧野について綴った。

 * * *
『ボタニカ』(祥伝社)という小説で、牧野富太郎の人生を書きました。植物好き、自然好きというと鷹揚で素朴な人柄をイメージしがちですが、富さんの場合は子供の頃の「好き」を貫いた無我夢中の人生です。そこがたまらない魅力であり、書き甲斐でもありました。

 彼を語る時に必ず出るプロフィールが「小学校中退にもかかわらず帝大で教鞭を執り、やがて植物学の博士になった」こと。それは大逆転のサクセスストーリーで、実際、胸がすくのです。ただ、学歴はなくとも、旧幕時代の流れを汲む学問の履歴は地層のようにあって、膨大な知識と素養、知的好奇心に裏打ちされていました。職人肌といおうか、芸術家に近いものも感じます。

 ことほどさように学者の枠に収まらない人ですから、大学内での栄達になど目もくれずに研究に邁進するので、周囲からすれば遠慮のないやつ、空気の読めないやつ、忖度できないやつ、となる。幼い頃は皆、そういう自我のかたまりで、でも年齢を経て世間を渡るようになると折り合いをつけるすべを身につけていくものです。それが大人になるということ。

 でも富さんは植物学にかけては決して我を折らない。ゆえにしばしば帝大への出入りを禁じられ、大借金生活に突入するも「なんとかなるろう!」でした。

 憎めない人なのです。身勝手なのにチャーミングで人懐っこくて、人を見る目も水平でした。相手が植物好きであれば、大文豪・森鴎外であろうと中学生であろうと同じように丁寧に接する。絶妙のユーモアも生涯失うことがなく、随筆でも植物知識を解説するにとどまらず、おどけて脱線したりボヤいてみたり。ある雑誌の座談会で志賀直哉が「あの人の文章は面白いですね」と評していますが、まさに面白い味の文章です。

 富さんは多彩な角度から草木を語ります。

《あなた方も花を眺めるだけ、匂いをかぐだけにとどまらず、好晴の日郊外に出ていろいろな植物を採集し、美しい花の中にかくされた複雑な神秘の姿を研究していただきたいと思います。そこには幾多の歓喜と、珍しい発見とがあって、あなた方の若い日の生活に数々の美しい夢を贈物とすることでありましょう。》

 富さんの最大の功績は学問の世界の外にある、と私は思います。アカデミズムの中に閉じこもるのではなく、一般の人々と野山を巡って植物の案内人を務め、代弁者、翻訳者でもあった。植物の名前とその振る舞い、採集の方法も教えて、いわば「知ることの歓び」の種蒔きをしました。

《朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまがない》

 この春は私たちも遠出をしてみましょうか。花の真盛りの中に。

【プロフィール】
朝井まかて/小説家。1959年、大阪府出身。2014年に『恋歌』(講談社)で直木賞受賞。2021年には『類』(集英社)で芸術選奨文部科学大臣賞と柴田錬三郎賞を受賞。

撮影/Norihisa HARADA

※女性セブン2023年4月20日号

関連記事

トピックス

お笑いコンビ「ガッポリ建設」の室田稔さん
《ガッポリ建設クズ芸人・小堀敏夫の相方、室田稔がケーブルテレビ局から独立》4月末から「ワハハ本舗」内で自身の会社を起業、前職では20年赤字だった会社を初の黒字に
NEWSポストセブン
”乱闘騒ぎ”に巻き込まれたアイドルグループ「≠ME(ノットイコールミー)」(取材者提供)
《現場に現れた“謎のパーカー集団”》『≠ME』イベントの“暴力沙汰”をファンが目撃「計画的で、手慣れた様子」「抽選箱を地面に叩きつけ…」トラブル一部始終
NEWSポストセブン
母・佳代さんのエッセイ本を絶賛した小室圭さん
小室圭さん “トランプショック”による多忙で「眞子さんとの日本帰国」はどうなる? 最愛の母・佳代さんと会うチャンスが…
NEWSポストセブン
春の雅楽演奏会を鑑賞された愛子さま(2025年4月27日、撮影/JMPA)
《雅楽演奏会をご鑑賞》愛子さま、春の訪れを感じさせる装い 母・雅子さまと同じ「光沢×ピンク」コーデ
NEWSポストセブン
自宅で
中山美穂はなぜ「月9」で大記録を打ち立てることができたのか 最高視聴率25%、オリコン30万枚以上を3回達成した「唯一の女優」
NEWSポストセブン
「オネエキャラ」ならぬ「ユニセックスキャラ」という新境地を切り開いたGENKING.(40)
《「やーよ!」のブレイクから10年》「性転換手術すると出演枠を全部失いますよ」 GENKING.(40)が“身体も戸籍も女性になった現在” と“葛藤した過去”「私、ユニセックスじゃないのに」
NEWSポストセブン
「ガッポリ建設」のトレードマークは工事用ヘルメットにランニング姿
《嘘、借金、遅刻、ギャンブル、事務所解雇》クズ芸人・小堀敏夫を28年間許し続ける相方・室田稔が明かした本心「あんな人でも役に立てた」
NEWSポストセブン
第一子となる長女が誕生した大谷翔平と真美子さん
《真美子さんの献身》大谷翔平が「産休2日」で電撃復帰&“パパ初ホームラン”を決めた理由 「MLBの顔」として示した“自覚”
NEWSポストセブン
不倫報道のあった永野芽郁
《ラジオ生出演で今後は?》永野芽郁が不倫報道を「誤解」と説明も「ピュア」「透明感」とは真逆のスキャンダルに、臨床心理士が指摘する「ベッキーのケース」
NEWSポストセブン
渡邊渚さんの最新インタビュー
元フジテレビアナ・渡邊渚さん最新インタビュー 激動の日々を乗り越えて「少し落ち着いてきました」、連載エッセイも再開予定で「女性ファンが増えたことが嬉しい」
週刊ポスト
主張が食い違う折田楓社長と斎藤元彦知事(時事通信フォト)
【斎藤元彦知事の「公選法違反」疑惑】「merchu」折田楓社長がガサ入れ後もひっそり続けていた“仕事” 広島市の担当者「『仕事できるのかな』と気になっていましたが」
NEWSポストセブン
お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(61)と浜田雅功(61)
ダウンタウン・浜田雅功「復活の舞台」で松本人志が「サプライズ登場」する可能性 「30年前の紅白歌合戦が思い出される」との声も
週刊ポスト