YMO時代の坂本龍一さん(時事通信フォト)
言葉ではなく、音色やリズム、和音といったもので特定の景色や感情を体験できる。坂本龍一さんや YMOのアルバムではそんな音楽の醍醐味を味わった。
『ラスト・エンペラー』の『Rain』は、皇帝・溥儀の第二夫人が溥儀の元を離れる場面の曲だ。これまでの人生をすべて捨て、雨の中、館を後にする。召使が差し出した傘を一度は受け取るが、要らないといって濡れたまま歩き出す。これまでの生活と別れるさびしさ、前に進んでいくことの力強さ、そして自由を得た解放感、それらを自分の感覚の中で再構築できるのだ。『Rain』を聞いていると、死とはある種の解放なのかもしれないと思えてくる。
坂本さんは生前、アメリカ同時多発テロの後に『非戦』という本を共著で刊行するなど、政治的なメッセージを度々発信してきた。反原発も訴えている。これに関して、所詮は理想論などという揶揄を時々見かけるが、誰かが理想を語らなくてどうするのだ? 彼は政治家ではなくて音楽家である。亡くなる直前まで明治神宮樹木伐採への抗議を発信した。どれも大上段に振りかぶることなく、率直な自分の言葉で語られていた。
同時代に生きていて幸運だった。「坂本龍一」という装置を通して時代を知ること、感じることができたから。坂本さんが好きだった言葉として紹介された「芸術は長く、人生は短い」。魂は永遠、人生は短い。私なりの意訳である。
◆甘糟りり子(あまかす・りりこ)
1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊『バブル、盆に返らず』(光文社)では、バブルに沸いた当時の空気感を自身の体験を元に豊富なエピソードとともに綴っている。
東日本大震災後は、環境保全や脱原発を熱心に訴えた(時事通信フォト)
娘を抱き抱える父(坂本美雨のSNSより)