本屋だけど本の紹介はしない 3つの流儀
有隣堂のYouTubeは、動画 クリエイターのハヤシユタカ氏がプロデューサーを務め、有隣堂の広報を中心とするスタッフとともに作り上げている。出演者がMCブッコローとトークを繰り広げるのが基本パターンで、『マツコの知らない世界』(TBS)と『saku saku』(テレビ神奈川)から着想を得た。出演者は有隣堂の社員から、蔦屋 書店やヴィレッジヴァンガードなど他書店の店員、最近では、エッセイを出版した芸人・又吉直樹まで。コンテンツの肝は、「マスに楽しんでもらう動画を作ること」とハヤシ氏は話す。
「当たり前だろうって思われると思うんですけど、企業が面白い動画を作るには、もっと言うと大勢の人が見てくれるような面白い動画を作るには、覚悟が必要なんです。多くの企業は、社内の人が喜ぶような動画を作りがちです。社内の関係各所に怒られないような動画を作って、結果的に、ほとんど誰にも見られないということはよくあります」
マスに楽しんでもらう動画を作るための戦略と仕掛けが、先に紹介した本には書かれている。目を引くのが3点だ。
第1に、基本的に本の紹介をしない。動画を始めた当初、書店のYouTubeなのだから本を取り上げようと考えるスタッフはいたが、できるだけ多くの人に動画を届けるために、視聴者の多くは本好きではないという前提に立った。有隣堂のYouTubeで人気コンテンツの一つが「文房具」を紹介する動画だ。本より文房具のほうがマス受けする、というハヤシ氏の狙いがある。
とはいえ、書店として本を取り上げたい気持ちはあり、番組が軌道に乗ってきてからは試行錯誤を重ねている。しかし、作品紹介はしない。職業作家の24時間ルーティンに密着したり、人気作家が即興で短篇小説を作ったり、製本工場に潜入したり。作品紹介ではない切り口で、本の動画を作っている。本好きでない視聴者にも訴求するためだ。
第2に、売ろうとしない。有隣堂の人気文房具バイヤーの岡﨑弘子さんは、第1回の動画で、当時は売っていなかった「キムワイプ」を熱烈紹介し、反響を集めた。YouTubeの目的は、動画のファンに、そして有隣堂のファンになってもらうこと。有隣堂という会社を知ってもらい、どこで買っても同じ「本」を、有隣堂で買ってみようと思ってもらいたい。そのために宣伝を排し、面白い動画づくりに徹している。
第3に、社長が口を出さない。有隣堂のYouTubeは松信健太郎社長の発案で始まった。だが「責任は取るが口は出さない」を貫く。その安心感によって、現場は高いモチベーションを維持し、自由な動画づくりができているとハヤシ氏は語る。