〈私は側頭筋を含む咀嚼筋が好きである〉などと自虐的に書く著者自身、元々は獣医志望から病理学に魅せられ、さらにシャチに一目惚れして、この道に入った。
「私は高校時代に人間不信に陥ってしまって。人間はもう無理だ、獣医になろうと思ったんですが、牛や馬は人間の所有物だし、犬や猫となると飼い主とのやり取りはもっと避けられない。それで今に至るわけです。
海に棲むはずのクジラがなぜ正常を逸脱し、死因は何なのか、まだまだわからないことは多い。幸い前作でストランディングという言葉や、それが年約300件起きていることも多少認知されたものの、人間の都合に任せておくと、面倒だから捨てちゃえとか、ろくなことにならない。だから私達は諸々の調整を動物達の側に立ってやっています。最近は『私は動物代表なんで』と意識的に言っていかないと無理な段階に来ているという危機感もあるので」
なぜ彼らは哺乳類のまま海に潜り、陸にあがるのか。わからないことの方が多いからこそ、田島氏は〈絶望感と期待感〉の両方を携えながら今日も現場へと急ぐ。その清しさもまた、動物に学ぶ人ならではのものだ。
【プロフィール】
田島木綿子(たじま・ゆうこ)/1971年埼玉県生まれ。旧・日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科で博士号取得。同研究科特定研究員を経て、2005年より米Marine Mammal Commission招聘研究員としてテキサス大学及びThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に帰国し、現在は国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。写真は解剖や標本作成等を行なう科博の作業所でクジラの一種・タイヘイヨウアカボウモドキの胃を持って。164cm、B型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年4月28日号