長身の店主・憲久さん(56歳)が、レジの奥から、古い写真をたくさん出してきて、見せてくれた。戦前の祭りの日、息子を戦場に送り出す母たちが神社で撮ったものなど、貴重な写真ばかりだ。
「金庫から出てきたけれど、うちではどうしようもできない。ここで預かってくれ」と向かいの家に頼まれたのだそう。「写っている人たちの名前を調べたり、わかった人たちに声をかけたりもしました」(憲久さん)。
憲久さんは、正月の餅つき会や、町内バーベキュー会を長年主催しているというから、この店がいかに町の中心的存在を担っているのかがよくわかる。毎年、この町ののし餅は、この店でついたものが配られるのだそう。
「ここはさ、古くからあって雰囲気がいいのよ。せこせこしていなくて、ゆったりとした時間が流れる感じがするからね。歴史がそうさせるのかな。居心地がいいよ」(野球帽をかぶった70代)。
この客をはじめ、角打ちで酒を傾ける面々はみんなカラッとさっぱり、明るい。
「ここのお客さんたちは、みんな自分の言いたいことを言うんだけど、ある一線は超えないんだよ。そこだよね、そういうわきまえがさ、歳を重ねれば重ねるほど大事よね」(80代)
飲み物が空になったと言っては、次の酒を自ら冷蔵庫にいそいそと取りに行く。
「店の冷蔵庫を勝手に開けて、セルフで飲みたい酒を取ってくるのが楽しいんだもん。酒屋で飲む醍醐味はこれだね。こういうのを愉悦と言うんだよ」(70代)
「私は、ここで飲む酒を、『晩酌もどき』と呼んでいます。家に帰ったら、また晩酌するんだけど、その前に、ちょっと外でも飲みたいじゃない?“もどき”とはいえ、飲み始めの時間が早すぎると、おつかいにきた子供と目が合って、ちょっと気恥ずかしかったりしてな。それもまた楽しいんだけどね」(80代)
このひととき、いたずらっ子みたいな顔で瞳をキラキラさせる常連らは、秘密基地に集まる少年少女のようだ。
そんな彼らがいつも手にしているのは『焼酎ハイボール』。
日替わり料理3品がお通し。この日は、あじの梅肉巻き揚げ、カニかま磯辺揚げ、さきいかともやしのナムル
「これ、うまいよね。すっきり辛口なのがいい。ママの特製料理にもよく合うね」(60代)
さ、みんなで記念撮影。「一同ご心配なく、美人は美人に、老人は老人に写ります!」と誰かが声をかけてひと笑い起こった。
焼酎ハイボールを手に幸せ顔の常連客
「今日も今日で、楽しい酒だ。なんたって、リタイア歴20年の”老後のベテラン”のオレが思うベストの一軒がここだもんな。太鼓判!」(80代)
■愛知屋萩生田商店
【住所】神奈川県横浜市中区赤門町1-8
【電話】045-231-4783
【営業時間】9時~20時、日・祝日定休
焼酎ハイボール380円、ビール大びん600円、お通しは日替わり料理3品500円