本人を否定するのは禁物
では、どうすれば対処できるのか。「もの盗られ妄想」の場合同様、根本的な原因として認知機能の低下が疑われますが、本人の思い込みに対して否定したり、「なんでそんな嘘をつくんだ」などと感情的に言い返すことは得策ではありません。本人の反発を招き、「バカにしているのか」と激怒して思い込みがエスカレートすることになりかねないからです。
対処法としては、本人の言い分を否定も肯定もせず、不満や不安に寄り添うように対応することです。「ものを盗られた」というときは「一緒に探してみようか」などと穏やかに対応してみるのも手でしょう。
もし、隣人が顔見知りで話が通じる相手なら、子供が直接会いに行き、事情を説明して理解を求めることが解決につながるかもしれません。
認知機能の低下による周囲とのトラブルにおいては、とにかく真っ向から本人を否定するのは禁物だからです。同じ土俵に上がることなく、うまく「いなす」方法を考えるのが上策と言えます。
一方で、こうした近所とのトラブルは相手のあることですから、必ずしも本人の事情を受け入れてもらえるわけではありません。相手とどうしても和解できそうになければ、次の策を講じる必要があります。
引っ越しを伴う一人暮らしの老親の「呼び寄せ同居」「呼び寄せ近居」は、慣れない環境への適応の困難やストレスを招き、かえって認知症を悪化・進行させることが知られています。そのため、本来はなるべく親御さんの環境を変えないほうがいいのは事実ですが、一方で、今の近所でどうしても合わない人と和解したり、考え方を変えてもらうのはさらに困難でしょう。
それ以上のトラブルを避ける手段としては、別の場所に移ることで相手と離れるしかないかもしれません。どうしても近所と仲良くできないなら、親御さんの引っ越しを検討してもいいのではないでしょうか。(了)
ベストセラー作家の和田秀樹医師が現役世代の悩みを吹き飛ばす「生き方」のコツを指南(撮影/三浦憲治)
【プロフィール】
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、国際医療福祉大学大学院教授、ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。『80歳の壁』は2022年の年間ベストセラー総合第1位(トーハン・日販調べ)に。