知事逮捕実現の背景には別の要因もある。県警本部長だった警察キャリアの吉田尚正元警視総監の存在だ。吉田氏は北海道警刑事部捜査2課長、警察庁刑事局暴力団対策課長(現組織犯罪対策1課長)を経て、2006年 4月から2007年7月まで本部長を務めた。その後も警察庁刑事局捜査1課長、警視庁刑事部長を歴任。福岡県警本部長として全国唯一の特定危険指定暴力団工藤會の壊滅作戦を指揮し、警察庁刑事局長から総監へと上り詰めた。
「警察内部では『刑事警察のエース』と評された逸材でした。彼の手腕なくして知事の逮捕にこぎ着けるのは至難の業だったはずです」(前出の警察OB)。
また九州全体の事件を俯瞰し、要所で捜査の方向性を指導する総責任者の福岡高検検事長だった佐渡賢一元東京地検特捜部副部長の存在も大きかったというのが定説だ。佐渡氏はリクルート事件や前出のヤミ献金を含む東京佐川急便事件の捜査に携わり、緻密で寡黙な捜査官として知られたやり手の特捜検事だった。
捜査幹部は「言葉は悪いが田舎の人手が少ない組織だが精鋭の多い県警とエース級警察官僚、敏腕検察官が融合して初めて金字塔は打ち立てられたのだ」と指摘する。
経験不足は組織規模の格差の課題
安藤知事の辞職を受けて行われた知事選で初当選したのが東国原英夫氏だ。「そのまんま東」の芸名で人気を博した元タレントで現在は政治評論家。「どげんかせんといかん」のフレーズで宮崎の有権者に支持を広げたが、その後、衆院議員に転身。スーパークレイジー君がわずか7000票で落選した知事選で復帰を目指したが、知事を続けなかった過去を裏切りと感じた支援者もおり、23万6000票獲得の次点ながら東国原氏も現職に敗れている。
人口と比例して警察官の数がほぼ決まる都道府県警制度の欠点である「規模の不均等」は、ローカル地区の警察本部には乗り越えることが時としてどうしても難しい壁だ。それは宮崎県警も例外ではない。単純な人手不足だったり経験不足だったり……。その典型例がオウム真理教による未曾有の事件である。裏で国家転覆まで計画していた“サイコパス”をトップに水面下で増殖していたカルト宗教団体が、暴走を始めるも全く対応できなかった。
オウムに猛毒のサリン密造疑惑が浮上した際、松本サリン事件の長野県警、坂本弁護士一家殺害事件の神奈川県警、元看護師監禁事件の山梨県警、資産家拉致事件の宮崎県警の4県警は警察庁の指示で東京に集まり、極秘会議を繰り返したが捜査の突破口を見いだせなかった。捜査は結局、オウムが自ら東京都内で新たな事件を起こしたことで教団との闘いに主体的に加わることとなった警視庁によって突破口が開けたのだ。警視庁と大阪府警に次ぐ3番目の規模を誇る神奈川県警でも経験不足・力不足は否めず、宮崎県警は言うまでもなかった。
地域格差は都道府県警制度の課題。だからこそ知事逮捕は金字塔なのだ。
【プロフィール】
宇佐美蓮(うさみ・れん)/1960年代、東京都大田区生まれ。ジャーナリスト。元マスコミ記者で、警視庁や警察庁の取材に長く携った。著書に小説『W 警視庁公安部スパイハンター』がある。