妄想と現実のどちら側にも落ちない
出色はそれらの対象物や景色を、宮田氏がノスタルジーでは見ていないことだ。
「それは全くないですね。本書で紹介した達人にもそう断言される方は多いし、再開発で街が均一化されることへの危機感はもちろんわかる。ただその便利さを心地いいと思う自分もいて、どっちを取り上げて書くかの違いだけなのかなあと。
要するに僕には特に主張したいこともないんですよ。電線なんて地中に埋めろという人達も、あれはあれで風情があると愛でる人達も、どっちの気持ちも『わかる、わかる』止まりなんです」
むしろ路上園芸観賞家・村田あやこ氏いうところの〈植物のふりした妖怪〉に勝手に肝を冷やし、吉原のカオスを思わせる電線群に〈電線動脈瘤〉と名付けて楽しむセンスが今こそ必要なのかもしれず、〈ピカピカのイオンモールの中でも、いずれ未来人の琴線に触れるワンダー物件が、思わぬ形で登場してくると期待している〉と宮田氏は書く。
「実際は坂の彼方に普通の景色が続くだけだとしても、何かあるかもと思うことで一瞬、ワクワクの風が吹き抜ける。そういう感じで妄想と野暮な現実のどちら側にも落ちないように、歩いてるところはあります(笑)」
さらにスイーツに詳しい西山氏厳選の逸品がなぜか毎回品切れや休業で食べられない〈ニシヤマの法則〉や、浜離宮〈潮入の池〉に泳ぐエイの姿など、確かに面白くて違和感のある風景は、何をどう見るか次第でどこにでも存在するのだ。
【プロフィール】
宮田珠己(みやた・たまき)/1964年兵庫県生まれ。大阪大学工学部卒。会社員を経て、1995年に『旅の理不尽 アジア悶絶篇』を刊行。以来、〈旅と散歩と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追求している作家兼エッセイスト〉として活躍。著書は他に『東南アジア四次元日記』(第3回酒飲み書店員大賞)『わたしの旅に何をする。』『晴れた日は巨大仏を見に』『スットコランド日記』や、小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』等。174cm、62kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2024年1月1・5日号