「重い腰を上げた感じだったが、お人柄に惚れこんだ」
映画『20歳のソウル』の秋山純監督から『奇跡のバックホーム』の本を渡されたのは、『20歳のソウル』の撮影が終わった時期だった。若くして亡くなった人の苦しみや周囲の悲しみ、実在の人物を作品化する大変さが痛いほどわかっていたため、一度は「できない」と断っている。
「『横田さんは生きていらっしゃるから。実際に会って話を聞くこともできるし、彼が元気になっていく物語をやろうよ』と監督に言われて、自分としては重い腰を上げた感じだったんです。
でも実際に慎太郎さんにお会いしてみたら、すごく飄々として、礼儀正しくて、物腰も柔らかで、ちょっと天然なところもあって、お人柄に惚れこんでしまいました。お母様もやっぱり面白くて、お話が聞きたくなって、どんどんやる気になっていきました」
「奇跡のバックホーム」を観客に見せた後、引退した慎太郎さんは、同じように病気に苦しむ人を励ましたいと、自分の体験を伝える講演活動を、病を押して続けた。
亡くなるときは神戸のホスピスに家族が泊まり込んで見守り、心からの愛情を伝えるなかでひとり旅立っていった。
「こう言うと不謹慎に思われるかもしれませんけど、『惜しかった』『惜しい人を亡くした』という風には思わないんです。慎太郎さんのことを考えれば考えるほど、彼は生き切ったんじゃないかな、と感じます。
『目標を持って一歩一歩進めば、必ず幸せな日が来る』というのが慎太郎さんが伝えたかったことで、慎太郎さんは最後、幸せだっただろうと私は信じています。ものを書くとき、暗闇に一つ光を灯すというのが、若いときに劇団を始めたころから私の信念で、ひとつの軸なんですけど、読んでくださる人に、そういうポジティブな気持ちを全ページに感じてほしいです」
【プロフィール】
中井由梨子(なかい・ゆりこ)/1977年兵庫県生まれ。劇作家・演出家・演技指導講師。1996年、神戸で旗揚げされたガールズ劇団TAKE IT EASY!に座付き作家として入団。2010年、劇団CAC中井組の座付き作家・演出家に就任し、2013年まで活動。2018年にmosaique-Tokyo(「i」は「iにトレマ」)、2022年に東京モザイクを結成。著書に『20歳のソウル』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年2月1日号