注目は雨に消えた足跡や上海〈春帆飯店〉の密室で起きた死刑囚の死など、数々の難事件を頭の切れる妖人達のおかげで切り抜けてきた二坊が、凡人探偵がゆえに時代に呑まれ、戦意高揚に加担もすること。また、〈気鋭の作家達を目にする度、文名を揚げたいという欲求は嫉妬とも異なる薄ら寒い虚しさと成って、私の胸を蝕んでいった〉といった作家の業が本書では経糸を成し、戦後の自責の念とあいまって、得も言われぬ悲哀や凄みすら醸す。
「そのあたりはペン部隊や戦地慰問に参加した作家の手記も参考にしましたし、たとえ売れなくても書かずにいられない二坊の思いは、時代を問わずどの作家にも共通にあると思う。なのでそこは私自身の感情をそのまま書いた、のかな?(笑)
1つ確かなのは最終章で70代を迎え、それでも書くことをやめられない二坊の姿は私の理想だということ。幾つになっても面白い小説を書き続けたいというのが、私の一番の望みなので」
第1話の結末に息を呑み、「そうか、その構造か」と理解した瞬間、また新たな謎にしてやられ、何重にも楽しめて、飽きさせない、先の箴言と呼応するような人間と歴史の物語である。
【プロフィール】
伊吹亜門(いぶき・あもん)/1991年愛知県生まれ。同志社大学法学部卒。同志社ミステリ研究会OB。社会人1年目の2015年、「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞し、2019年にこれを連作化した初著書『刀と傘 明治京洛推理帖』で第19回本格ミステリ大賞を最年少で受賞。「ミステリが読みたい!2020年版」国内篇第1位にも選出された。著書は他に『雨と短銃』『幻月と探偵』『焔と雪』等。本書の表題は「もちろん山風の『幕末妖人伝』へのオマージュです」。172cm、78kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2024年3月8・15日号