本書の表題は「もちろん山風の『幕末妖人伝』へのオマージュです」と話す伊吹氏

本書の表題は「もちろん山風の『幕末妖人伝』へのオマージュです」と話す伊吹氏

 そんな時、背後から聞こえてきたのが〈徳川様〉という単語だったが、昨晩、内藤反甫の徳川邸に賊が入り、ほとんど何も盗らないまま塀から墜落死したあの事件かと、もっと刺激的なネタを探す二坊はガッカリ。が、話の主の〈格蔵〉から最近隣に越してきたという〈清吉〉を紹介された二坊は、彼が賊を捕えた張本人だと知るなり態度を一変。13歳の時に生き別れ、今は徳川邸で奥女中をする母に会うために上京したという清吉から、あれこれ現場の状況を聞き出すのだった。

 ……と、ここまで来ても件の妖人は隅の席で焼魚をつつく客人Aどまり。その客人Aが〈今の清吉さんの話、辻褄が合うてへんことばっかやおへんか〉〈先生、どうせ記事にしやはるんなら、これから僕の話すこと書いた方が盛り上がりまっせ〉と言って名推理を披露してなお、読者にはその京訛りの青年の幼名くらいしか明かされないままなのだ。

結構意外な人が意外な所にいる

 第1話の千駄ヶ谷に始まり、第2話の京都と奈良を繋ぐ〈法螺吹峠〉。第3話のナチス勃興前夜のポツダムや、第4話の策謀渦巻く上海、そして最終話の空襲の被害にも遭った京都西陣界隈の戦後まで、「あの人が、こんなところに?」という場所の意外性も効いている。

「私はよく暇な時にウィキペディアを覗くんですけど、結構意外な人が意外な所にいたりして、それが資料を探す糸口にもなる。例えばある人が何年にポツダムにいたのは確かだけど、その間の記録はないとか、逆にある人がその日は北野天満宮をぶらぶらしたと日記にあったら、だったらそこで誰かに会ったかもしれないよねっていう、史実の余白の可能性と言いますか。

 今作では有名過ぎず無名過ぎない人物をまずは選び、場所を決め、その人の知られざるエピソードを厳選した上で、謎やトリックを考えていきました。あくまで私が書きたいのは本格ミステリなので」

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