『台北人』/白先勇・著 山口守・訳
【書評】『台北人』/白先勇・著 山口守・訳/岩波現代文庫/1331円
【評者】東山彰良(作家)
私が子供のころは、台湾人として日本で暮らすことは、さほど愉快な経験ではなかった。大学で中国語を教えていたときも、台湾がどこにあるかすら知らない学生が大勢いた。それがいまやどうだ。タピオカミルクティーの大流行から、あれよあれよという間に台湾がもてはやされるようになってしまった。ひょっとすると、この台湾ブームのおかげで本書の文庫復刊も実現したのかもしれない。
台湾人は四つのエスニック・グループから構成される。すなわち、もともと台湾にいた先住民、十七世紀頃に中国から移住してきたビン南人(ビンは門構えに虫)と客家人(総称して本省人と呼ぶ)、そして一九四九年の国共内戦の敗北によって台湾に逃れ落ちた国民党の軍人とその家族(外省人)である。
本書に収められた十四の短編は、どれも外省人第一世代の物語だ。かつての売れっ子ダンサー、華々しい戦果をあげた将軍、辛亥革命に身を捧げた闘士、学生運動に打ちこんだ北京大学の学生など、中国大陸で若き血潮を燃やした者たちの、台湾でのその後が描かれている。
「梁父山の歌」という一篇が象徴的だ。葬儀から帰宅した老人と付き添いの中年男が、故人の思い出に仮託して大陸への慕情を淡々と語る。長い時間が過ぎたあとも、多くの外省人が大陸に対して尽きぬ郷愁を抱いていたことがわかる。
外省人といっても私自身は台湾生まれなので、中国に対する思い入れは強くない。しかし、どのエピソードをとっても、曰く言い難い懐かしさを覚える。白先勇が語ろうとしたのは、そう、我々外省人の血に書き込まれている集団的記憶なのだ。
過去の栄光がまばゆいほど、若き日々の生き様が苛烈なほど、その後の人生に忍び寄る茫漠たる虚無は耐え難い。それでも、私たちは耐えていくしかない。その意味で本書は故郷を喪った者たちのエピローグであり、また老いの物語だとも言える。
※週刊ポスト2025年10月17・24日号