『スピノザの診療室』の続編。阿闍梨餅、御鎌餅、長五郎餅など京都の銘菓も登場
いよいよ気温も下がり、暖かい室内でゆっくり過ごしたい今日このごろ。こんな季節には、読書に時間を費やして、心を豊かにしてみては? おすすめの新刊4冊を紹介します。
『エピクロスの処方箋』夏川草介/水鈴社/1980円
これはこれは。私設の直木賞候補です。妹の遺児龍之介と暮らす独身医師、雄町哲郎(マチ先生)。彼は明朗で剛胆な花垣と共に82歳の患者の難手術に挑む。というのがプロットの山場だが、日常や感情の起伏を描くストーリー部分がいい。優しく温かく、龍之介相手に語る哲学的思考部分は清潔(『君たちはどう生きるか』のコペル君と叔父さんを思わせる)。人物の描き分けに感嘆。
「やっぱりさぁ」「恋愛って、ろくなことがないね」(名探偵小石のセリフ)
『探偵小石は恋しない』森バジル/小学館/1870円
人が放つ恋の矢が視える非恋愛体質の小石、27歳。彼女は推理案件を欲するが、小石探偵事務所に来るのは色恋案件ばかり。相棒の蓮杖と共に素行調査や浮気調査に当たる。無関係に見えたそれらは、10年前のある事件と繋がっていて……。小石の来歴にも遡る欲張りミステリー。ラスト1行は青春小説風で、逆の方がクールだったのになあというのは、身勝手な感想ですかね。
流派が点在していた臨床心理学界を整理し、普遍の視点で再統合した新しき“教科書”!
『カウンセリングとは何か 変化するということ』東畑開人/講談社新書/1540円
臨床心理士の著者が自分の言葉や視点でカウンセリングのことを語れる時期が来たと、満を持して世に放つ啓蒙書。カウンセリング国には二つの州があり、一つは生存州、もう一つは実存州。前者の相談を生き延びるための科学的「作戦会議」とし、後者を新しい物語を紡ぐ文学的な「冒険」とする。エウレカ!! 2000年代は後者が衰退気味。社会の貧困化を映す変遷はもの哀しく……。
直木賞、山本周五郎賞をW受賞。語りのリズムも気持ちいい爽快作
『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子/新潮文庫/781円
読後の幸福感がまた蘇る。冒頭シーンは絵画的。雪の夜、女装の振袖を脱ぎ捨て、「父の仇」と白装束になって博徒を討ち取る白皙の美少年菊之助。断末魔、飛び散る血飛沫、首級を抱え闇に消える菊之助。2年後、木挽町の現場を訪ねた若いお侍に、木戸芸者や殺陣師、衣装係など森田座の面々が語るべき事柄を語り尽くす。“哀”も滲むお仕事小説にして、爽快で痛快な時代劇だ。
文/温水ゆかり
※女性セブン2025年11月13・20日号



