『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』/榎本博明・著
【書評】『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』/榎本博明・著/日経プレミアシリーズ/990円
【評者】加谷珪一(経済評論家)
タイトルの通り「あの人はなぜああなのか?」という日常的によく発生する問題について心理学的に掘り下げた書籍である。
自分には理解しがたい他人の言動を受けて、多くの人は「自分の言い方に問題があるのか?」と謙虚に考える。だが問題は解決せず、今度は「相手の性格に問題がある」と相手を責めてみるのだが、やはりどうにもならない。こうした相手との埋めがたいスレ違いについて、筆者は「記憶」というキーワードを軸に解説を進めていく。
記憶というものには過去の出来事についての記憶(回想記憶)だけではなく、未来に実施しなければならないことについての記憶(展望記憶)がある。この二つの記憶には関連性がなく、展望記憶が乏しいと仕事などに支障をきたす。
しかもやっかいなことに、記憶というのは単純に記憶するという行為に加え、これを保持して再生する部分までセットになってうまく機能する。昔の歌をよく覚えているのに、今の歌を覚えられないのは、保持や再生に問題がなくても、加齢と共に最初に記憶する部分が衰えていくためだという。かくして高齢者は昔のことばかり思い出し、今の話は頭に入らないという結果になる。
本書はビジネスなどでの応用が見込まれているのかもしれないが、私は「老い」というテーマで本書を捉えてみたい。人の記憶というのはいい加減だが、そのいい加減さにも一定の法則があることが本書を読むとよく理解できる。
「人間は歳を取ると物忘れがひどくなる」と漠然と考え、最後は投げやりになってしまうものだが、記憶のメカニズムを理解しておけば、記憶が衰えた自分自身とも、もう少しうまく付き合えるようになるかもしれない。もっとも記憶のメカニズム自体も忘れてしまうようではどうしようもないのだが、その時には、すべてを受け入れることで納得しよう。
※週刊ポスト2025年11月7・14日号
