竹下景子一覧

【竹下景子】に関するニュースを集めたページです。

作詞家・岩谷時子の軌跡 越路吹雪を失った心の穴を埋めたミュージカルの世界
作詞家・岩谷時子の軌跡 越路吹雪を失った心の穴を埋めたミュージカルの世界
『愛の讃歌』(越路吹雪)、『男の子女の子』(郷ひろみ)など、数々のヒット曲を世に送り出した作詞家・岩谷時子(享年97)。どのような思いを詞に込めていたのだろうか。『愛の讃歌』を手がけてから70年目を迎えるいま、彼女と親しかった人々の話から探ってみよう。(本文中一部敬称略)【全3回の第3回】越路吹雪の結婚後、ヒット作を連発 1951年に宝塚歌劇団から東宝へ移籍した越路吹雪(享年56)。岩谷時子はそのマネジャーとして行動をともにしていた。そして、越路が出演した舞台『モルガンお雪』の劇中で歌った英語の歌『ビギン・ザ・ビギン』を日本語に訳したことをきっかけに、岩谷は作詞家として歩み始める。 人気作詞家となっても、岩谷は越路吹雪のマネジャーを辞めてはいない。越路は1959年、5才年下の作曲家・内藤法美さん(享年58)と結婚するが、それでも岩谷は越路を献身的に支え続けていく。 岩谷作詞の『いいじゃないの幸せならば』が大ヒットした歌手の佐良直美さんは、忘れられない光景があるという。「何かの歌番組で越路さんとご一緒したとき、越路さんは、『どうしよう〜、どうしよう〜』と、とっても緊張していたんです。すでに越路さんは大スターでしたが、あんな大物でも緊張するんだなぁと思った覚えがあります。そのとき岩谷先生は、『コーちゃん、大丈夫よ』と、越路さんの背中をさすってあげていました」(佐良さん) マネジャーとして活動する一方、岩谷の作詞家としての仕事は多忙を極め、数多くの恋の歌を生み出していく。 岩谷が作詞を手がけた『ひとりにしないで』『逢いたくて逢いたくて』などのヒット曲を持つ園まりは、岩谷の歌詞の世界を次のように話す。「『逢いたくて逢いたくて』は片思いの曲ですが、これを歌ったとき、私ははたちそこそこで、恋愛経験がなかったんです。片思いすら、どんなものか理解できないほど奥手でした。 作曲された宮川(泰)先生から『もっとセクシーに歌うように』と言われ、手ほどきを受けて、色っぽく歌うようにしていたので、最初は男性からの人気が高かったんです。 ただその後、ある映画で共演した俳優さんに片思いして、ようやく歌詞の意味が理解できるようになりました。 恋を知ってからは、歌番組の収録で『逢いたくて逢いたくて』を歌うと“わあ〜っ”と涙があふれてきて。感情と歌詞の世界観が見事にマッチしてからは、女性ファンが増えたんです。新たな私の一面を岩谷先生に教えていただいた感じです」 岩谷の作詞で新たな一面や魅力を引き出された歌手は多いが、加山雄三もその1人だと音楽ディレクターで『岩谷時子音楽文化振興財団』の理事を務める草野浩二さんは言う。「岩谷先生と出会う前、加山は英語の歌を歌っていました。それを『日本語の歌を歌った方がいいわよ』と、背中を押したのが岩谷先生でした。 加山と岩谷先生は、直接やりとりしているわけではなく、加山が作った曲を吹き込んだカセットテープを岩谷先生に渡すだけ。それなのに、加山が思い描いたイメージとぴったりの詞がすぐに返ってくる。加山はそれに毎回びっくりしていましたね」母の認知症、そして越路の死 岩谷は生涯独身を貫き、その半生を越路に捧げているが、50代半ばを過ぎた頃に、一緒に暮らしてきた母が認知症を発症。母の介護をしながら、郷ひろみなど人気歌手の歌詞を書き続けている中、母は食事をのどに詰まらせ80才で他界した。 その後、最愛の越路を悲劇が襲う。胃がんを発病したのだ。病名は越路には知らされず、岩谷は病気のことを彼女の親族から聞かされたという。 このときのエピソードをドラマで岩谷を演じた俳優の竹下景子は、次のように語る。「病気になっても越路さんはたばこや睡眠薬をやめなかった。だから岩谷さんは、自分が厳しくしなくては!と、なんとかたばこをやめさせようとします。厳しい物言いをしてでも、なんとかして越路さんを守りたかったんでしょうね」(竹下・以下同) しかし、すでに越路のがんは末期の状態で、1980年11月7日、56才でこの世を去ってしまう。 このときのことはドラマ『ごめんねコーちゃん』(1990年)でも描かれた。竹下には思い出深いシーンがあるという。「越路さんのご葬儀のとき、晩秋の寒いときだったにもかかわらず、岩谷さんはコートも着ないで、最後の1人までお見送りされたことが印象に残っています。あれだけたくさんの曲を作られたのに、作詞家というよりも、越路さんのマネジャーとしての使命をずっと持っておられたことは役を演じていて伝わってきましたね」 最後までマネジャーに徹していた岩谷だが、決して報酬は受け取らなかったという。傷心を乗り越え、ミュージカルの世界へ 越路を失った心の穴を埋められずにいた岩谷に、新たな世界が訪れる。音楽評論家の田家秀樹さんはこう話す。「それはミュージカルの世界です。特に1985年にロンドンで上演された『レ・ミゼラブル』の音源に心を揺さぶられ、再び訳詞の仕事へと没頭するようになったのです。ぼくが岩谷さんを取材していて驚いたのは、その創作意欲。『レ・ミゼラブル』などの訳詞を精力的に手がけられたのは、70才くらいですが、稽古場に泊まり込んで、納得するまで訳詞に取り組むと聞いて“いつまででも現役でいられるんだ”と、勇気付けられたことを思い出します」 ミュージカルで活躍していた本田美奈子.さん(享年38)を岩谷はことのほかかわいがっていたという。「本田さんはピュアで努力家。その姿が越路さんと重なったのでしょう。本田さんも岩谷さんのことを“お母さん”と慕っていました。彼女が歌う『アメイジング・グレイス』も岩谷さんの訳詞。本田さんが白血病で亡くなる直前までICレコーダーでメッセージのやりとりをしていました」(田家さん・以下同) 80才を過ぎ、車いすを使うようになっても、創作意欲は衰えることがなかった。「岩谷さんは帝国ホテルのスイートルームで暮らしていました。食事はルームサービス。隣に24時間対応の介護をされるかたがいらっしゃるようになっても、机の上にはペンと原稿用紙がありました。いつでも詞を書けるようにしていたんです」 岩谷は美しい言葉にこだわっていた。エッセイでも《正しい日本語の使い方も、所詮その人の優しさから生まれるもの》と記している。「いまから20年前でしょうか、新潟で『越路吹雪』という日本酒を見つけたので、岩谷先生にお送りしたら、先生からお礼のお電話をいただいたんです。そのとき、『この前、電車で女子高生がオレだのお前だの言っているのよ』と嘆いていた。言葉を大切にされた先生らしいなと思いましたね」(佐良さん) 美しい言葉を巧みに使い、男女の情愛を生み出してきた岩谷。その歌の物語は彼女の経験によるものなのだろうか。田家さんは次のように語る。「どうして、こんなにいろんな男女の情愛を描くことができるのかと、以前、質問したことがあるんです。そのとき岩谷さんは、『現実の世界で恋をしてこなかったから。現実の恋愛はしんどいことが多い。だからこそ、よその人の恋を見て、それを想像して詞を作る方が楽しい。私は歌の中でたくさん恋をしてきましたから』と、おっしゃっていました。 リアルな恋をしてこなかったからこそ恋に憧れがあって、美しい男女の愛の物語が描けたのかもしれませんね」 彼女はエッセイでも《ふたりで燃えつきるほどの恋を知らないかわり、私は、ひとりでいつも誰かを愛している》と綴っている。 自らが憧れ、思いを膨らませた普遍的な愛の物語だった。だからこそ、岩谷の歌詞はいつの時代も私たちの心に刻まれていくのだろう。【プロフィール】岩谷時子/1916年3月28日、京城(現韓国・ソウル)生まれ。本名・岩谷トキ子。神戸女学院大学部英文科卒。1939年に宝塚歌劇団出版部に入り、越路吹雪と出会い、のちにマネジャーとなる。戦後、東宝文芸部を経てフリーに。作詞家として活動を始める。越路吹雪が歌う『愛の讃歌』『ラストダンスは私に』などの訳詞、ザ・ピーナッツの『ふりむかないで』、加山雄三の『君といつまでも』、郷ひろみの『男の子女の子』など、手がけた作品は数千に上る。2013年10月25日、97才で没。音楽ディレクター・草野浩二さん(84才)/東京芝浦電気レコード入社とともに、事業部・制作ディレクターとなり、岩谷と『夜明けの唄』などのヒットを世に送り出す。「岩谷時子音楽文化振興財団」の理事に就任し、「岩谷時子メモリアルコンサート?〜Forever〜」の企画に携わる。歌手・佐良直美さん(77才)/1967年、歌手デビュー。デビュー曲『世界は二人のために』が120万枚の大ヒットを記録する。1969年に、岩谷作詞の『いいじゃないの幸せならば』で日本レコード大賞を受賞。現在は、栃木県那須塩原市で家庭犬のしつけ教室『アニマル ファンスィアーズ クラブ』を主宰。歌手・俳優/園まりさん(77才)/1962年、『鍛冶屋のルンバ』でレコードデビュー。1966年に、岩谷作詞の『逢いたくて逢いたくて』が空前の大ヒットとなる。最近は、テレビの歌番組のほか、ライブ活動や映画のトークイベントなどにも出演している。俳優・竹下景子さん(68才)/1973年、NHK銀河テレビ小説『波の塔』でデビュー。1990年、コーちゃんこと越路吹雪との出会いと別れを描いた『ごめんねコーちゃん・越路吹雪と岩谷時子の二人三脚の人生』(NHK)で岩谷時子役を演じる。2021年、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』では語りなどを務める。現在は『新日曜名作座』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。音楽評論家・田家秀樹さん(75才)/若者雑誌編集長を経て、音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソナリティーとして活躍。2006年4月から毎日新聞にて連載『岩谷時子・愛の名曲物語』を開始し、岩谷を取材。著書に『歌に恋して—評伝・岩谷時子物語』(ランダムハウス講談社)がある。取材・文/廉屋友美乃※女性セブン2022年3月3日号
2022.02.22 07:00
女性セブン
本誌写真部
『愛の讃歌』から70年目 女性作詞家の草分け・岩谷時子の足取りをたどる
『愛の讃歌』(越路吹雪)、『男の子女の子』(郷ひろみ)など、数々のヒット曲を世に送り出した作詞家・岩谷時子(享年97)。どのような思いを詞に込めていたのだろうか。『愛の讃歌』を手がけてから70年目を迎えるいま、彼女と親しかった人々の話から探ってみよう。(本文中一部敬称略)【全3回の第1回】謎のベールに包まれた岩谷時子の「本心」 女性作詞家の草分け的な存在である岩谷時子。作詞家として活躍していた彼女にはもう1つの顔があった。それは、シャンソン歌手・越路吹雪(享年56)のマネジャーを務めていたことだ。 当時をよく知る音楽ディレクターで『岩谷時子音楽文化振興財団』の理事を務める草野浩二さんは、次のように語る。「岩谷先生は女学校の先生みたいでしたね。下ネタは一切ダメ。とにかくまじめなかたでした」 NHKドラマスペシャル『ごめんねコーちゃん』(1990年)で、岩谷時子役を演じた俳優の竹下景子も、草野さんと同様の印象を持っている。「とにかく楚々としている印象です。撮影前にお会いしたときは、私が演じることをとても喜んでくださっていてうれしかったですね。 岩谷さんはご自身のことを積極的に話されるタイプではなく、表に出ることも好まれなかったようです。私にも『これが最後の一冊なの』と、ドラマの原作となったご自身のエッセイをくださいました。きっと“これを読んで、いろいろと察してくださいね”ということだったんだと思います」(竹下) 2人が語るように岩谷と接した人は、誰もが「聖女を絵に描いたような女性」という印象を持ったようだが、詞の世界では見事に男女の心の機微を描き分けていた。「シャンソン歌手の岸洋子さん(享年57)の『夜明けのうた』という曲があります。これは、もともと坂本九さん(享年43)が歌っていた『夜明けの唄』のカバーで、いずれも岩谷先生の作詞です。一人称の“僕”を“あたし”に変えているだけで、ほかはまったく同じ。なのに、坂本九さんの歌は勤労学生の応援歌で、岸洋子さんはラブソング。まったく印象が違うのがいまも不思議に思います」(草野さん・以下同) ドキリとするような男女の情愛を見事に描いた曲もある。歌手で女優の沢たまきさん(享年66)の『ベッドで煙草を吸わないで』1966年)がまさにそれだ。この曲で岩谷は、ベッドの上でたばこを吸おうとする恋人に、火を消してほしいと願う女性を描いている。「まったく性的なにおいを感じさせない岩谷先生に、どうしてセックスが終わった後の男女の情景が描けたのか不思議に思い、聞いてみたことがあるんです。 すると先生は、『ホテルに泊まると、よく“ベッドの上でたばこを吸わないでください”って書いてあるじゃない? あれよ〜』と、はぐらかすように話されて……。なぜあのような男女の情愛を思い起こさせる詞が書けたのか、いまだに謎です」 表舞台にほとんど顔を出さず、インタビューも数少ない彼女だが、どのような人生を送っていたのか。残された資料と親しい人の証言をもとに、少女時代からその足取りを追ってみよう。初恋の相手は歌劇のスターだった!? 商社に勤めていた岩谷謙三と、朝鮮総督府・京畿道長(キョンギド)官を務めていた政治家・檜垣直右(ひがきなおすけ)の娘である秋子の間に生まれた岩谷は、生まれてから5才まで、京城(キョンソン、現在のソウル)で育つ。 5才のとき、父の仕事の関係で兵庫県西宮市に引っ越した彼女は、小学生の頃から宝塚歌劇に夢中になっていく。 当時の様子を、岩谷に取材したことのある音楽評論家の田家秀樹さんはこう振り返る。「岩谷さんを宝塚歌劇に連れて行ったのは、母の秋子さんです。幼い頃から歌劇の舞台に触れ、彼女は熱心なファンになったのです」(田家さん・以下同) 当時の岩谷には、こんな印象的な出会いもあった。宝塚歌劇の観劇後には決まって宝塚新温泉に立ち寄っていた彼女だが、そのとき宝塚のスターたちと遭遇していたことを、エッセイ『愛と哀しみのルフラン』(講談社)に記しているのだ。《嘘のような話だが、当時、私たちが入る納涼台のそばの新温泉浴場へ、身体の空いた生徒さんも入りに来た。スターの有明月子さんが、お風呂上りに鏡に向い、ゆったりと下の方で結んだお下げ髪のその後ろ姿が、絵のように美しかったのを覚えている》 彼女が当時、熱を上げていたのは、有明月子や嵯峨あきら(いずれも没年不明)だった。「嵯峨さんが九州出身で、“おっちん”という愛称であることを知った彼女は、せっせとファンレターを書きます。返事は来ませんでしたが、《このはかない初恋(?)から宝塚との縁が始まった》と、エッセイにも記していますが、宝塚歌劇で情操教育を受けた彼女は、文学少女として育っていったのです」 岩谷の感性を豊かにしたのは、宝塚歌劇のほか、家庭の影響も大きかった。「彼女の両親は仲がよく、家でもデュエットをしていたようです。父親は東京・浅草で行われていたオペラによく通い、喜劇的な歌を好んでいて、家でもその日のおかずを、『今日もコロッケ♪、明日もコロッケ♪』などと、即興で曲を作り、母と一緒に歌っていた。 そんな明るく平和な家庭で育ったことで、自然と音楽の感性が磨かれたようです」ライターとして宝塚歌劇団へ 岩谷は、西宮市立西宮高等女学校(現・西宮市立西宮高等学校)を経て、神戸女学院大学部英文科(当時)に進学。父は貯金を取り崩して、娘の学費に充てたという。この頃から岩谷は宝塚歌劇を見るだけでは飽き足りなくなっていく。「宝塚歌劇団の出版部が発行している『歌劇』や『宝塚グラフ』に、自らが書いた詩や短文、小説をコツコツと投稿していました」 そんな岩谷のもとに、1939年の秋、宝塚歌劇団の出版部から封書が届く。「岩谷さんの投稿が目に留まり、編集の仕事をしないかと誘いを受けたのです。そうして宝塚歌劇団の出版部に入ることになるのです」 出版部では宝塚歌劇団のスターのインタビューなどをしていたが、ここで、その後の人生を捧げる人と出会う。コーちゃんとの運命の出会い 岩谷が宝塚歌劇団の出版部に入ったのと同じ1939年、越路吹雪が宝塚歌劇の初舞台を踏む。越路はのちに日本を代表する舞台女優、シャンソン歌手として活躍するが、彼女もまた、岩谷との出会いで人生が大きく変わっていく。「2人が出会ったのは岩谷さんが新米編集者、越路さんが初舞台を終えたばかりの新人の頃。越路さんは稽古の合間、岩谷さんの仕事場によく顔を出しては、本を借りたりしていたようです。岩谷さんの方が8才年上ではあるものの、意気投合した2人は同級生のような間柄でした。岩谷さんは、越路さんの本名・河野美保子から“コーちゃん”と呼んでいました」 折しも時世は太平洋戦争が激化し、戦況は悪化。宝塚歌劇団が得意としていたジャズやレビューは“敵性音楽”とみなされ、公演は軍国主義の色が濃いものになっていく。やがて岩谷が編集していた雑誌にも変化が表れる。「戦時中、取り扱えるものがどんどん減ってしまい、雑誌にも余白が増えていきました。物がない時代ですから、『紙を無駄にするな』と上から言われ、あの頃の岩谷さんは、その余白に詩を書いていたそうです」 それが作詞家・岩谷時子の原点になっていく。 1944年、ついに宝塚大劇場は閉鎖され、宝塚歌劇団の団員たちは実家に帰り、離れ離れになってしまう。 そんな中、長野県出身の越路は岩谷の実家に身を寄せ、本当の家族のように暮らしていた。そして敗戦の報を聞くと、岩谷は越路のマネジャーとして活動するようになる。(第2回につづく)【プロフィール】岩谷時子/1916年3月28日、京城(現韓国・ソウル)生まれ。本名・岩谷トキ子。神戸女学院大学部英文科卒。1939年に宝塚歌劇団出版部に入り、越路吹雪と出会い、のちにマネジャーとなる。戦後、東宝文芸部を経てフリーに。作詞家として活動を始める。越路吹雪が歌う『愛の讃歌』『ラストダンスは私に』などの訳詞、ザ・ピーナッツの『ふりむかないで』、加山雄三の『君といつまでも』、郷ひろみの『男の子女の子』など、手がけた作品は数千に上る。2013年10月25日、97才で没。音楽ディレクター・草野浩二さん(84才)/東京芝浦電気レコード入社とともに、事業部・制作ディレクターとなり、岩谷と『夜明けの唄』などのヒットを世に送り出す。「岩谷時子音楽文化振興財団」の理事に就任し、「岩谷時子メモリアルコンサート?〜Forever〜」の企画に携わる。俳優・竹下景子さん(68才)/1973年、NHK銀河テレビ小説『波の塔』でデビュー。1990年、コーちゃんこと越路吹雪との出会いと別れを描いた『ごめんねコーちゃん・越路吹雪と岩谷時子の二人三脚の人生』(NHK)で岩谷時子役を演じる。2021年、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』では語りなどを務める。現在は『新日曜名作座』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。音楽評論家・田家秀樹さん(75才)/若者雑誌編集長を経て、音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソナリティーとして活躍。2006年4月から毎日新聞にて連載『岩谷時子・愛の名曲物語』を開始し、岩谷を取材。著書に『歌に恋して—評伝・岩谷時子物語』(ランダムハウス講談社)がある。取材・文/廉屋友美乃※女性セブン2022年3月3日号
2022.02.20 07:00
女性セブン
巨泉さん死去5年 クイズ番組の基礎を作った『クイズダービー』
巨泉さん死去5年 クイズ番組の基礎を作った『クイズダービー』
 昨今、さまざまなクイズ番組が話題を集めているが、その「基礎を作った」といわれるのが、大橋巨泉さん(享年82)が司会を務めた『クイズダービー』である。巨泉さんが亡くなって5年となる今、後のクイズ番組を変えていったという『クイズダービー』の凄さについてコラムニストのペリー荻野さんが振り返る。 * * * 7月12日に没後5年となる大橋巨泉さんの代表番組『クイズダービー』が、TBSチャンネル2で再放送されている。 すぐにネタが古くなるクイズ番組の再放送は少ないし、1976年から1992年まで放送された古い番組である。しかし、今、見ても十分面白い。そしてよく見ると、この番組が、後のクイズ番組を変えていったということがよくわかる。『クイズダービー』は、クイズに競馬のギャンブル要素を取り入れ、二人一組の出場者は直接クイズに答えることなく、競走馬に見立てた五人の回答者から正解を出しそうな人を選んで持ち点3000点を賭けていく。回答者には、それぞれ独自の倍率(オッズ)がついていて、めったに当たらない回答者には最後の問題で20倍くらいの倍率もつくため、大逆転も可能にした。出場者は得点の分の現金を上限10万円まで受け取ることができる。 こういう娯楽性も新しかったが、注目したいのは、回答者の個性を引き出し、キャラクター定着化させ、視聴者に愛されるよう司会者が語りかけたことだ。 体から水分が出ないほど減量をしたボクサーが、もっと減らしたいときにすることを問われたクイズで、自信満々に「献血」と書いた1枠の篠沢秀夫教授、「歌う」と書いて自分で笑い転げる2枠の井森美幸。彼らは「珍回答」を連発し、観客や視聴者を大いに笑わせた。正解しないこと、トンチンカンな答えは番組的にプラスになる。これは大きな「発見」だった。 後にフジテレビで『平成教育委員会』で日本三景を答える問題で「小椋佳、谷啓、真梨邑ケイ」と応えた渡嘉敷勝男(『クイズダービー』には出場者として出て10万点を獲得したことがある)や『クイズ!ヘキサゴンⅡ』(フジテレビ系)のおバカキャラの活躍、現在も特番で引き継がれる『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)のご長寿早押しクイズコーナーなどは、たったひとつの正解より予想もつかないたくさんの誤答のほうが面白いということを見せつけたのだった。『クイズダービー』には、他にも、驚異的な正答率を誇り、巨泉から「宇宙人」と呼ばれたはらたいら、三択問題に強く「三択の女王」と呼ばれた竹下景子など、ニックネームごと親しまれた回答者がいた。 はらたいらの博識は、『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』(テレビ朝日系)などで見るやくみつるやインテリ芸人たちに通じるものがある。番組に出始めた頃、大学生だった竹下景子とともに「クイズダービー」で知的な回答ぶりを見せていた宮崎美子は、今も「クイズの女王」と呼ばれ、クイズ番組には欠かせない存在だ。 巨泉さんに話を聞いた時、この番組が当初、オッズのつけかたも番組進行も違って4パーセント程度の視聴率しかとれず、思い切った変更を経て、視聴率40%にまで達したと知って驚いた。そして、司会者が「前に赤坂のサウナで会いましたよね」などと回答者や出場者と雑談するという「クイズトークバラエティ」の要素も意識して入れていたというのも、放送作家の巨泉さんらしいなと感心した。「番組に責任を持ってきた」「自分の番組にしか出ない」と言い切る巨泉さんは、『クイズダービー』の冒頭でも「巨泉のクイズダービー」と声を出していた。再放送でもその勢いを感じる。革新的な番組とは、そういうものなのだ。
2021.07.10 16:00
NEWSポストセブン
清原果耶の自然体な演技が魅力
新朝ドラ『おかえりモネ』の7つの魅力 語り担当の竹下景子が解説
 自然豊かな島で生まれ育ったヒロインのモネが、気象予報士を目指して奮闘する連続テレビ小説『おかえりモネ』(毎週月曜~土曜/総合 午前8時~8時15分、BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分 ほか)。 5月17日の放送開始が目前に迫ったいま、主題歌の『なないろ』、虹の「7色」、そして女性セブンの「セブン」にかけて、7つの魅力をピックアップ。語りを担当する竹下景子さんに、じっくり解説していただきました! * * *【1】清原果耶演じる“自然体”なモネ 主演の清原果耶さんはモネが18才になったときから演じています。実は、昨年秋にクランクインしたとき、清原さんもちょうど18才! 彼女自身が、少女から大人の女性へ成長する過程を見守っていけるのは、新鮮だし、贅沢に感じています。 現場での清原さんはとても自然体。自然体だからこそ、多感な年頃を生きるモネらしさがリアルに表現されています。ついつい、彼女が“演じている”ということを忘れそうになるくらいでした。【2】海・山・空、美しい景色 モネの家族・永浦家が暮らす島と、モネが新しく生活を始める登米の山々。同じ宮城県でも趣がまったく違う2つの舞台は、海の青や森の緑、どちらも非常に美しい! 【3】優しくて強い、気仙沼の人々 私自身、震災の前から気仙沼、それもドラマに出てくる島のモデルになっている場所のかたがたと親交があり、雅代という島の女性を演じることは運命のようにも感じています。 漁師の町である気仙沼の女性たちは、訪れた人を受け入れる優しさと、夫や息子を海に送り出し、帰りを信じて待てる強さがあるんです。島には、私が「お母さん」と呼ばせていただいているかたがいて、語りを読むときに彼女の留守電を聞き直すこともあります。気仙沼の、“まあるい言葉”を思い出すために。【4】震災の痛みを細やかに描く ドラマは、1995年の秋にモネが生まれるところから始まり、すぐに2014年に切り替わるのですが、その間の2011年には東日本大震災が起きています。温かい家族、明るい人々であっても、ふとしたときに、まるで火山のマグマが噴出するようにその記憶がよみがえってくる。 安達奈緒子さんの脚本は、震災そのものをストレートに描かなくとも、そんな心情を丁寧に表現していると思いますね。【5】ステキな夫・龍己さん 本当にステキなんです、私の夫は(笑い)。私自身も、雅代さんも、龍己さんのことが大好き! 龍己さんを演じる藤竜也さんとは2度目の共演になりますが、昨年秋に久しぶりにお会いしたときは、緊張しちゃいました。 そうしたら、あの真面目なお顔で冗談を言って和ませてくださったり、夫婦として写真を撮るときは「ギュッと抱いてもいいですか?」とおっしゃったりして、本当にもう、ステキ! 脚本には書かれていませんが雅代が龍己さんに惚れての恋愛結婚だったのは間違いないと思ってます。【6】「理想のカップル」なモネの両親 内野聖陽さん演じるモネの父・耕治は、母の雅代から見ると「しっかりしなさいよ!」と言いたくなるくらい頼りない人。でも、そこがまたかわいいところでもあるから困ったものなの(笑い)。 内野さんは子煩悩な父親を、チャーミングに演じていらっしゃいます。そんな夫を傍でしっかり支えるのが、鈴木京香さん演じる妻の亜哉子さん。まさにふたりは、バランスの取れた「理想のカップル」なんです。【7】「一日の活力」を届けてくれる! 私自身は、5回目の朝ドラ出演。皆さんが楽しみに見てくださっているのを、何度も肌で感じてきました。朝の忙しい時間にドラマを見てホッとしたり、今日も一日頑張ろうという気持ちになってくださったら、とてもうれしいですね。 半年間という長い期間にわたって朝ドラを見ていると、自分が過ごす日々と登場人物の人生がシンクロすることもあります。人と人とのふれあいの温かさ、生きていくことの難しさを感じられる、非常に見応えのあるドラマだと思っています。 * * *朝ドラ名物「語り」にも注目! 朝ドラの見どころの1つが、誰がどんな視線で「語り」をするか。『おかえりモネ』では、モネを生まれたときからかわいがり、家族全員のことを包み込むように見守る祖母・雅代が、優しくモネに話しかけるように語る。「竹下さんは、演技はもちろんのこと、声だけでの表現も非常に優れているかた。ドラマ全体を優しく包んでくださっています」(制作統括・吉永証氏) 物語の当初から、すでに故人となっている雅代。だからこそ、「モネがどう生きていこうかと悩み、頑張る姿に、ハラハラしたり応援したり。思いの丈を語りかけている感じです」(竹下さん)という。愛情いっぱいの語りになること間違いなし!【プロフィール】竹下景子/1953年9月15日生まれ。1973年にNHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。数多くのテレビドラマ、映画、舞台に出演し、連続テレビ小説は『ぴあの』『純情きらり』『ゲゲゲの女房』『わろてんか』に続いて5作目の出演となる。写真/提供NHK 取材・文/工藤菊香※女性セブン2021年5月20日・27日号
2021.05.15 16:00
女性セブン
竹下景子の清純派から演技派への脱皮も濡れ場がきっかけだった(時事通信フォト)
清純派女優たちが濡れ場に挑戦した「2時間ドラマの魅力」
 自主規制が進む最近のテレビドラマとは違い、1980年代に隆盛を誇った「2時間ドラマ」では、ヌードや濡れ場などのお色気シーンは当たり前だった。名だたる女優たちがそこで艶やかさと美を競ったのである。『週刊ポスト』(12月7日発売号)では、伝説の2時間ドラマ濡れ場傑作選を特集しているが、同特集で作品解説している阪南大学の大野茂・教授(『2時間ドラマ40年の軌跡』著者)に、改めて2時間ドラマの「お色気シーン史」を聞いた。 * * * 家政婦、湯けむり、トラベルミステリー、美女、明智小五郎など、1977年にスタートした『土曜ワイド劇場』から2時間ドラマの伝説は生まれました。当時は映画が下火になり、その監督やスタッフがこぞってドラマを撮りだした頃で、出演する女優たちも映画と同じような気持ちで挑んでいました。 同じ2時間ドラマでも、『火曜サスペンス』は主婦向けだったのに対し、土曜ワイド劇場は男性向けということで、女優の露出度は今では考えられないほどでした。当時の芸能事務所では、“脱がせ上手な土曜ワイド”という裏キャッチコピーが囁かれていたほどで、プロデューサーも「エンタメ要素としてエロを入れる」と明言していました。1990年代半ばまで、各局合わせて週8本もの2時間ドラマ枠があり、20%ほどの視聴率も珍しくありませんでした。その後、トレンディドラマが流行るまで、ドラマの王道はこれでした。 TBSでは、子供たちに大人気の『8時だョ!全員集合』が21時に終わると、そのまま『ザ・サスペンス』が始まり、冒頭から女優の入浴シーンが流れてお茶の間が気まずい空気に包まれる……という経験をした家庭も多かったはずです。 ザ・サスペンスで濡れ場に挑戦して飛躍した女優はたくさんいました。キャンディーズ出身の田中好子はもちろんですが、朝ドラ主演女優のイメージが抜けなかった秋野暢子は、『あるフィルムの背景』(1983年)という作品で、ヤクザに犯されてブルーフィルム(今でいうAV)に売られてしまう女性を演じたことで脱皮しました。“お嫁さんにしたい女優No.1”だった竹下景子も、『ソープ嬢モモ子』シリーズ(1982年)で演技派女優の道を歩き始めます。 2時間ドラマ史上、最高の露出度と過激さで知られる叶和貴子の『天国と地獄の美女』(1982年・土曜ワイド劇場)では、当時のプロデューサーいわく、本人も最初は嫌がっていたそうですが、覚悟を決めて演じた大胆なシーンは大評判となり、以降、さまざな作品で脱いで演技派として認められていきました。2時間ドラマは、女優が一皮むけるための登竜門、度胸試しのような側面もあったのです。 これも当時のプロデューサーから聞いた話ですが、“あの女優が脱いだなら私も”とライバル心に火がつく女優も多く、大物の初脱ぎが連鎖反応を起こすこともあったそうです。番組の側が脱がせ上手だったというだけでなく、事務所や女優自身が、ぜひこの作品で大胆に脱いで女優として飛躍したい、と考えていたのです。 小川真由美などは、スタッフの熱意に心打たれ、「ここは脱いだほうがいいんじゃないかしら」と自ら提案し、台本にない濡れ場を演じたという伝説もあります。 そんな2時間ドラマも、2005年以降はバラエティや映画を含めた総合特番枠へのリニューアルが進んで、衰退の道を歩むことになります。今では過去の遺産で古くさいイメージになりつつありますが、一流女優たちがしのぎを削る熱い舞台だった時代は確かにあったのです。
2020.12.05 07:00
NEWSポストセブン
木村佳乃と吉田羊
不倫ドラマの歴史 かつて妻の不貞は「よろめき」と呼ばれた
 不倫に溺れていく3人の母たちの姿を描くドラマ『恋する母たち』(TBS系)が初回視聴率10%を超え、放送後に「金妻(『金曜日の妻たちへ』TBS系、1983年)の再来みたい」「次回が待ちきれない」などと主婦たちの熱狂を呼んでいる。 原作は『東京ラブストーリー』などを描いた漫画家・紫門ふみ氏。脚本を『セカンドバージン』(NHK、2010年)の大石静氏が担当する“本格派不倫ドラマ”だけに、期待値が高いようだ。 第1話から、いきなり“道ならぬ恋”の情事の場面が。名門高校に通う息子を持つ木村佳乃(44・石渡杏役)が、夫が駆け落ちした不倫相手の夫・小泉孝太郎(42・斉木巧役)と吸い込まれるようにラブホテルへ。 第2話ではママ友の仲里依紗(31・蒲原まり役)が、人気落語家の今昔亭丸太郎(阿部サダヲ・50)と濃厚なキスを交わしてしまう。同じく2人のママ友である吉田羊(林優子役)は、部下の若い男性に「あなたの欠点は結婚してることです」と告白される。テレビ解説者の木村隆志氏はこう語る。「真面目で清純、不倫と縁遠く見える木村佳乃が、小泉孝太郎とラブホテルで体を重ねるとき、『怒りとか悲しみが性欲に変わる瞬間がある』というセリフに、女性の内に秘めた欲情を垣間見るようでドキッとさせられます。 キャリアウーマンを演じる吉田羊が、年下男に口説かれた後、“女の顔”になっていく様や、夫とのセックスレスに悩まされている仲里依紗がぐいぐい迫る人気落語家に次第にほだされていく様など、今後もそれぞれ趣の違う濃密なラブシーンが期待できそうです」あの“お嫁さんにしたい女優”が これまでにも名だたる女優たちが「背徳の妻」を演じてきた。 先駆けとなったのは後に大河女優(『竜馬がゆく』1968年、『天と地と』1969年)となる川口敦子(87)。1961年に三島由紀夫原作の『美徳のよろめき』(フジテレビ系)で、不倫相手と官能に目覚めていく上流階級の人妻・倉越節子を演じた。 まだ「不倫」という言葉がなかった時代。このドラマをきっかけに妻の不貞は「よろめき」と呼ばれるようになる。「川口さんは整った顔立ちで“清楚で品の良い奥様”そのものだった。そんな彼女が夫以外の男に身を委ねていくなんて……。当時としては“まさかの展開”でしたよ。自分はウブな学生で、毎回、あたふたしながら見てました」(70代男性) 夫の友人との不倫にショックを受け、自らも背徳の関係に陥る妻・槇田むつ子を演じたのは、『さよならの夏』(日本テレビ系、1976年)の岩下志麻(79)だ。夫の不倫相手の子供の家庭教師に恋心を抱かれ、ついに体を許してしまう岩下。そして友人同士の2つの家庭内で、泥沼の関係が展開していくのだ。 岩下といえば、映画『極道の妻たち』(1986年)で見せた凄味のある演技が印象的だが、『さよならの夏』では、夫の浮気に傷つき、いけないと思いながらも、肉体関係を続けてしまう若妻の瑞々しい色香を漂わせていた。 当時はまだ珍しかった不倫ドラマのなかでも、世間に最も大きな衝撃を与えた作品といえば『岸辺のアルバム』(TBS系、1977年)の八千草薫だろう。 洋裁の内職で家計を補い、2人の子供を育ててきた専業主婦の田島則子(八千草)は、一見平穏な日常を送っていた。だが、ある日突然、謎の男・北川徹(竹脇無我)から電話が入り、彼女の心は大きく揺らぐ。男は「あなたの美しさに惹かれた」といい、則子に浮気を“提案”する。「この電話を切ってもいつもと同じ日常があるだけじゃないか」 と言葉巧みに説得され、迷いながらも男に会った八千草。流れにまかせて渋谷のラブホテルに入っていくシーンに、「まさか」と思った男性ファンは少なくない。作家の関川夏央氏もそのひとりだ。「貞淑を絵に描いたような八千草薫さんが、ラブホテルで密会を重ねるという描写は衝撃的だった。さらに、当時のメディアが美や性的な対象として取り上げていたのは20代などの若い女性ばかり。そんな時代に、『岸辺のアルバム』では40代の熟した女性の美と魅力に焦点を当てた。当時の八千草さんの実年齢は46歳。このドラマ以降、40代以上の性愛や不倫を描くのも珍しくないような流れができたように思います」 八千草は後に、雑誌の対談でこう語っている。「いざ演じ始めたら、自分でも不思議なくらい則子の気持ちが理解できるようになっていきました。浮気であろうが、相手を好きになるということに変わりはないんですものね」(『週刊現代』2013年9月21・28日号) 八千草本人のこの言葉も、ファンにとっては衝撃だっただろう。 清純派女優としての活躍に、『クイズダービー』(TBS系)で“三択の女王”と称された知的なイメージが加わって、「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われていた竹下景子(67)。『そっとさよなら』(日テレ系、1979年)では、周囲の反対を押し切って妻子ある男性との愛に突き進む小学校教諭・柚木律子を演じ、話題を呼んだ。「あの竹下さんが自ら妻子ある男に抱かれにいくシーンは衝撃的。“やめろ~!”と心の中で叫びましたよ」(60代男性)※週刊ポスト2020年11月20日号
2020.11.12 11:00
週刊ポスト
安めぐみ夫婦は幸せ!「お嫁さんにしたいタレント」たちの今
安めぐみ夫婦は幸せ!「お嫁さんにしたいタレント」たちの今
 10月中旬、都内の繁華街を仲良く手をつないで歩く3人の家族がいた。タレントの安めぐみ(38才)と、お笑いコンビTake2の東MAX(アズマックス)こと東貴博(50才)夫婦である。 今月で結婚からちょうど9年。長女を交えて今も仲睦まじい様子がうかがえる微笑ましい光景だ。安といえば、独身時代には「いいお嫁さんになりそうな女性タレント」「奥さんにしたい女性タレント」ランキングなどで1位を飾っていた、生粋の癒し系美女。あるグラドル所属プロダクションのベテランマネジャーは「以前は苦手だったという料理も克服して、世間のイメージ通りの良妻ですよ」と明かした。まさにランキング通りの評価だといえよう。 では、歴代の「お嫁さんにしたいタレント」たちは、その後にどんな結婚生活を送ってきたのか。「お嫁さんにしたい~」といえば、元祖は女優・竹下景子(67才)。『クイズダービー』(TBS)のレギュラー回答者としてお茶の間の人気が出始めた1977年に、雑誌で対談した政治家の荒舩清十郎・元運輸大臣(享年73)から「息子の嫁さんにしたい」と言われたことがきっかけだった。それを機にマスコミは竹下を「お嫁さんにしたい女優」として大きく取り上げたのだ。 以降、「お嫁さんにしたい~」で1位になったタレントや女優をピックアップしてみよう。◆1970年代:竹下景子、市毛良枝、松坂慶子◆1980年代:東ちづる、宮崎美子、沢口靖子◆1990年代:田中美佐子、和久井映見、水野真紀、三井ゆり◆2000年代:松嶋菜々子、矢田亜希子、仲間由紀恵、安めぐみ◆2010年代:綾瀬はるか、石原さとみ、新垣結衣 そうそうたる女優やタレントが並ぶが、市毛や宮崎、矢田ら離婚した人もいれば、夫の不倫報道が出てしまった人も……。結婚したら必ずしも幸せになったというわけではなさそうだ。 あるベテラン芸能リポーターは「安さんは、料理教室に通ったり、几帳面な東さんの細かい家庭内ルールに合わせたりと、日々の努力もあって、夫婦円満で幸せといえます。しかも、Take2は相方の深沢邦之さん(54才)も、“昭和最後のお嫁さんにしたいタレント”田中美佐子さん(60才)との夫婦生活が、来月で銀婚式を迎えます。2人とも愛妻家という珍しいお笑いコンビですね」と語った。 昨年は『いい夫婦パートナー・オブ・ザ・イヤー2019』を受賞。新型コロナウイルスによる長い自粛生活の中でも「お互い、何気ない感謝の言葉は忘れません」と円満の秘訣を明かしていた安の未来は、今後も安泰そうだ。
2020.10.27 16:00
NEWSポストセブン
宮崎美子が振り返る『クイズダービー』とはらたいらの凄さ
宮崎美子が振り返る『クイズダービー』とはらたいらの凄さ
 競馬好きの司会者・大橋巨泉の発案で生まれた『クイズダービー』(TBS系、1976~1992年、最高視聴率40.8%)からは、“キャラの立ったクイズ王”が数多く生まれた。 番組の一般参加者は5人いる解答者の中で「誰が正解するか」を予想して自分の持ち点を賭ける。 問題ごとに解答者に倍率が設定されるが、正解率の高い漫画家のはらたいらは倍率が低く、珍解答を繰り出す学習院大学の篠沢秀夫教授は倍率が高いことが多かった。「第1問ではらさんに持ち点すべて(3000点)を賭けようとするゲストがいたり、倍率が2倍になる最終問題で『篠沢さんに全部!』と持ち点をつぎ込み、逆転を狙おうとする参加者がいたり、その駆け引きが面白かった。“この問題でその人に賭けちゃダメだよ~”なんてツッコミを入れながら、家族みんなで見てました」(54・会社員) はらたいらのほか、正解率が高かったのが、東京女子大学在学中だった女優の竹下景子だ。「3択問題」に滅法強く、“3択の女王”と呼ばれた。 いまでは数々のクイズ番組の常連となった宮崎美子が“クイズの女王”となったきっかけも1981年からレギュラー解答者になった『クイズダービー』だ。宮崎が振り返る。「正解を出せるのが一番ですが、“答えがわからない時にいかにユニークな間違え方ができるかが大切”と、出演者の心得を教えられました。 はらたいらさんは本当に凄かった。誰も答えられなかった問題に正解した後、『どうしてわかったんですか?』と聞いたら、『先月号の月刊住職に載ってた』とすました顔でおっしゃったんです。そこまで読んでいたのかと驚きました。『クイズダービー』は出演者全員が解答できて、お互いの問題に感心したり笑い合えたことが楽しかったですね」【画像のクイズの答え】Q1:離婚できるように、Q2:ヒノキ、Q3:ハイヒール、Q4:虹、Q5:歯ブラシ※週刊ポスト2020年5月8・15日号
2020.05.08 07:00
週刊ポスト
竹下景子が語る「お嫁さんにしたい女優」の呪縛と感謝
竹下景子が語る「お嫁さんにしたい女優」の呪縛と感謝
 時代ごとに輝く女優たちは、「お嫁さんにしたい」相手として男たちに愛されてきた。『男はつらいよ』などで活躍した竹下景子(66)もその一人だ。 1977年2月26日放送の『すばらしき仲間』(TBS系)で、元運輸大臣の荒船清十郎氏がポロッと漏らした一言に、メディアが一斉に飛び付いた──。 荒船氏と稲葉修氏の2人の大物政治家との鼎談に呼ばれた23歳の女子大生は母親の着物を借り、気合いを入れて収録に臨んだ。竹下は当時を振り返ってこう語る。「ほとんど台本のないフリートークの番組で、人生の大ベテランが丁々発止でお話をされていました。私は弁舌巧みなお2人の中に割って入れるわけもなく、進行も座持ちもできませんでした。情けなくて、ボロボロ泣きながら帰ったのを覚えているんですね。その時に荒船さんが『息子の嫁にしたいようなお嬢さんですね』っておっしゃったんです。リップサービスだったと思うんですよ」 清楚な外見に加え、東京女子大学に通い、日本舞踊も茶道も習得していた竹下は“お嫁さんにしたい女優”の称号にピッタリだった。4か月前からレギュラー解答者になっていた『クイズダービー』(TBS系)では、司会の大橋巨泉がそのフレーズを頻繁に使用。雑誌で紹介される際も枕詞のように付いて回り、翌年には『結婚してもいいですか』で歌手デビューし、イメージが定着した。「まだ20代前半で、見るもの全部が目新しいですし、日々のお仕事が楽しいので、本人は家庭に落ち着くことなんて全然考えていませんでした(笑い)。ただ、ドラマや映画でも、真面目な学生や良家のお嬢さんのような役柄が続きました」 本来、女優は作品ごとに異なる人格を演じる。そこに醍醐味を感じ、職業として選択した竹下は、やや不満も感じていたという。「ある一面だけで、あたかもその人全部を表わしているかのような言い方をされる窮屈さもありました。人って、誰でも多面体ですからね。でも、すごく良いフレーズなのに、あまりに不遜ですよね」 29歳の時、転機が訪れる。単発ドラマ『十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ』(TBS系)で風俗嬢役に挑戦。この作品が高視聴率を叩き出し、以降「モモ子シリーズ」として15年で8本放送され、代表作の一つとなった。「お話をいただいた時に『イメージチェンジできる!』と嬉しくて嬉しくて。事務所が心配しなかったといえばウソになるでしょうね。でも、デビュー間もない頃から起用してくださった市川森一さんの脚本で、信頼関係もありましたし、覚悟を決めて挑みました」 並行しながら『男はつらいよ』のマドンナ役を務めるなど清楚なイメージも保ったまま、1984年に自らのプロポーズで15歳年上の写真家・関口照生と入籍。「結婚して“お嫁さんにしたい女優”のフレーズもなくなり、肩の荷が降りた面もあるかもしれません。私自身、良妻賢母になれないと感じていました。そんな中、夫は『いつも帰りを待ってる奥さんじゃないほうがいい』と仕事への理解があったので助かりました。 結婚すると、社会的に仕事か家庭か二者択一を迫られる時代でしたけど、幸いにも、妻を演じる機会が増え、『クイズダービー』も産休後に復帰させてくれました。今こうしてお仕事を続けていられるのも、元を辿れば“お嫁さんにしたい女優”というイメージのおかげ。素直に感謝しています」【プロフィール】たけした・けいこ/1953年、愛知県生まれ。NHK『中学生群像』を経て、1973年にNHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。映画『男はつらいよ』のマドンナを3度務めるなど女優として活躍。主演ドラマ『70才、初めて産みますセブンティウイザン』(BSプレミアム、日曜10時~)が放送中。■撮影/関口照生※週刊ポスト2020年4月24日号
2020.04.16 07:00
週刊ポスト
週刊ポスト 2020年3月20日号目次
週刊ポスト 2020年3月20日号目次
週刊ポスト 2020年3月20日号目次「マスクは要らない」は本当か? 新型コロナの「嘘」全検証・コロナ検査官が監修「感染予防Q&A」マニュアル・反骨研究者vs御用学者テレビをハシゴする“感染症のプロ”を採点する・「コロナ特需」に沸く会社・「コロナ収束相場」の上昇銘柄8特集◆東京五輪「1年延期」ならあの選手はどうなる?◆スポーツ・コンサートイベントが「中止・無観客」で「あのカネはどうしてくれる!」◆その「難聴」は死につながっている【医療現場からの警告「聞こえにくい」は大病のサインだ】◆懐かしの「卒業ソング」仰げば尊し我が青春時代◆竹下景子・かたせ梨乃・高島礼子・黒木瞳・鈴木京香・吉高由里子・門脇麦……ネットテレビで観られるあの有名女優の裸身◆盗塁もヘデイングもダメ!? 意外と知らない少年スポーツ「禁止事項」◆ランちゃんが1人で歌う『春一番』往年のファンは嬉しい? それとも複雑?◆〈失敗した人に学ぶ「定年後の備え」第2弾〉死んだ時の手続き編「予約したお墓に入れなかった…」◆胃カメラ、大腸カメラ、CT、MRI……「上手い医者」×「ヘタな医者」こうやって見分ける!ワイド◆「99歳女性社主」の大往生で朝日新聞「株式11%」の行方◆ヤクザとマスク◆いきなり!ステーキ◆人妻パート女子アナ◆バイト中ひき逃げ 天理教幹部グラビア◆体が喜ぶ「最強の睡眠術」◆愛人にしたいグラドル総選挙2020◆都内有名私立大学ミスキャンパスグランプリ 結城るみなの衝撃撮◆美食名店の一日 第3回 匠 進吾◆V2Hのススメ◆新連載 二度と撮れないニッポンの絶景◆椿原愛 ユニフォームはTバック◆青山めぐ ネイキッド・ラブ◆密着 リリー・フランキー◆インタビュー 和田毅連載・コラム◆呉智英「ネットのバカ 現実のバカ」【小説】◆平岡陽明「道をたずねる」【コラム】◆二題噺リレーエッセイ 作家たちのAtoZ◆須藤靖貴「万事塞翁が競馬」 ◆広瀬和生「落語の目利き」◆堀井六郎「昭和歌謡といつまでも」◆秋本鉄次「パツキン命」◆戌井昭人「なにか落ちてる」◆春日太一「役者は言葉でできている」◆大竹聡「酒でも呑むか」◆綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」◆大前研一「『ビジネス新大陸』の歩き方」◆高田文夫「笑刊ポスト」【ノンフィクション】◆井沢元彦「逆説の日本史」◆河崎秋子「羊飼い終了記念日」【コミック】◆やく・みつる「マナ板紳士録」◆とみさわ千夏「ラッキーな瞬間」【情報・娯楽】◆のむみち「週刊名画座かんぺ」◆恋愛カウンセラー・マキの貞操ファイル◆ポスト・ブック・レビュー◆医心伝身◆ポストパズル◆プレゼント◆法律相談◆ビートたけし「21世紀毒談」
2020.03.09 07:00
週刊ポスト
石原さとみ、のん、常盤貴子も 聖火ランナーの走行予定表
石原さとみ、のん、常盤貴子も 聖火ランナーの走行予定表
 至近距離で憧れの人に会えるかもしれない──。3月26日に福島県からスタートし、47都道府県を約4か月かけて回る東京五輪の聖火リレー。1月以降、各都道府県で聖火ランナーが続々と発表されている。 石原さとみ(33)、のん(26)など若手人気女優から竹下景子(66)、紺野美沙子(59)、羽田美智子(51)、常盤貴子(47)など大御所女優まで、有名人が目白押しだ。「聖火ランナーはコースさえ分かれば、誰でも間近で見に行くことができる。竹下景子や紺野美沙子クラスの女優を生で、かつ無料で見られる機会はそうそうないので、ファンにとってはとても貴重な機会だと思います」(芸能ジャーナリストの三杉武氏) すでに走行ルートが判明しているのが常盤だ。「朝ドラ『まれ』に出演した縁で、舞台になった能登半島を走ることになりました。6月2日に和倉温泉街(石川県七尾市)の約300メートルを担当すると報道されています」(スポーツ紙記者) 竹下と紺野は4月4~5日のいずれかで岐阜県内を、羽田は7月6日に茨城県内を走ることが決まっている。「若手では、6月17日にのんが朝ドラ『あまちゃん』ゆかりの岩手県内を走り、石原さとみは5月8日に長崎県の南島原市内を走る予定となっています」(同前) 綾瀬はるか(34)も大会スポンサーである『コカ・コーラ』のCMキャラクターとして聖火ランナーに内定しているが、走行ルートも日付も未定。 有名人聖火ランナーの大まかな走行ルートは上表にまとめたが、「より詳細なルートは後日、東京五輪の公式ホームページで公開されます」(東京2020聖火リレーメディア事務局)とのこと。 聖火ランナー1人あたりの走行距離は200~300メートル程度とわずかな距離なので、貴重な機会を逃さないよう事前に情報をチェックしておきたい。※週刊ポスト2020年2月21日号
2020.02.13 16:00
週刊ポスト
自称“寅さん博士”の立川志らく「No.1マドンナは竹下景子」
自称“寅さん博士”の立川志らく「No.1マドンナは竹下景子」
 もともと洋画好きだったのが、師匠の故・立川談志さんや、兄弟弟子でもある高田文夫氏の影響で『男はつらいよ』シリーズを見始めたという落語家の立川志らく。それをきっかけにすっかり寅さんにハマり、今では寅さんのことを聞けば何でも答えられると言われるほどの“寅さん博士”に。志らくがシリーズに出演した歴代のマドンナのなかでナンバーワンだと言うのが、第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年、監督/山田洋次)のマドンナ・寺の娘である朋子役の竹下景子だ。その魅力は何なのか、志らくが語った。志らくは最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』にも出演している。 * * * 私にとってもう一人の師匠である高田文夫先生の勧めで、40歳を過ぎてから「男はつらいよ」をきちんと見始めたらハマり、「寅さん博士」を自称するほど詳しくなりました。落語に通じる笑いと人情があり、渥美清という役者が素晴らしかったんです。ですから、自分が今度の第50作に出演し、渥美清と一緒のスクリーンに映っているなんて、抑えられないくらいの喜びですよ。 歴代のマドンナには魅力的な方がたくさんいます。浅丘ルリ子が演じたリリー(旅回りの歌手、第11作、第15作に出演)は、ある意味別格。寅さんとは極の同じ磁石のような関係で、近づきすぎると弾き合ってしまう。 最も綺麗で妖艶だったのが、第22作『噂の寅次郎』の大原麗子。男ならイチコロにされてしまう台詞があります。 でもNo.1は第32作『口笛を吹く寅次郎』の竹下景子。「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われていた頃で、竹下景子演じる住職の娘・朋子が、寅さんの話を聞いてコロコロ笑う姿が実に可愛らしく、奥ゆかしさもある。他の女優さんではあの味はなかなか出せません。 寅さんと朋子は愛し合っているのがわかります。だから、ぜひ一緒にさせてあげたかった。でも、一緒になるためには寅さんが仏門に入らなければならない。それは不可能だと、寅さんも観客もわかっている。だから切ないんです。 柴又駅での別れの場面が凄いんです。自分の思いを伝えようとした朋子が寅さんの袖を引き、訴えるように見つめる。急に男女の親密な時間が流れ、それを察知したさくらがすっと離れる。 朋子が「父がね、突然『お前、今度結婚するんやったら、どげな人がええか』いうて聞いたの。それでね……それで……私」。すると、寅さんが「寅ちゃんみたいな人がいいって言っちゃったんでしょ」とおどけて笑いにしてしまう。それで朋子は「かなわぬ恋」と悟る。あんな切ないラブシーンはなく、シリーズの中でも屈指の名場面です。あれを演じきった渥美清と竹下景子は凄いです。【口笛を吹く寅次郎・あらすじ】さくらの夫・博の父の墓参のために立ち寄った岡山で、寅次郎は住職の代わりに法事を務めたのが縁で寺に居つき、美しき出戻りの娘・朋子に一目惚れ。住職も寅次郎を跡継ぎにと考え、朋子も柴又で寅次郎への恋心をほのめかす。だが、寅次郎ははぐらかしてしまう。●たてかわ・しらく/落語家。1963年生まれ。DVDに『立川志らくの「男はつらいよ」全49作 面白掛け合い見どころガイド』(講談社)。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2020.01.02 07:00
週刊ポスト
第17作がとりわけ好きだという越中詩郎
越中詩郎 人生ではフラれることも大事と寅さんに教わった
 意外なところに意外なファンが潜んでいるものだが、プロレスラーの越中詩郎は約半世紀にわたる筋金入りの「寅さんファン」だ。2019年末に新作の第50作が劇場公開される「男はつらいよ」シリーズで、越中が挙げたシリーズ最高のマドンナは、第16作『男はつらいよ 葛飾立志篇』(1975年、監督/山田洋次)に登場した御前様の親戚の大学助手・礼子役の樫山文枝だ。越中に寅さんと好きなマドンナへの想いについて聞いた。 * * * 両親の影響で中学時代から寅さんを観始め、社会人になってビデオが出ると、何回も観るようになり、好きな作品は何十回も観ています。映画ファンではなく寅さんファンで、寅さんは僕の人生の教科書。女性に惚れても、相手に迷惑をかけてはいけないと悟って身を引く。その潔さ、男らしい美学が好きです。 好きなマドンナを一人だけ挙げるなら樫山文枝さん。お嬢様タイプで、知的で、清楚で、おしとやか。樫山さんはそんな役を演じるのにぴったりな方です。あの可愛らしいえくぼがたまりませんよ。 他には、光本幸子さん、栗原小巻さん、吉永小百合さん、竹下景子さんなどが好きです。体育会系の世界にいるので、正反対の世界の人に憧れるんです。実生活でも、若い頃、そういうタイプを好きになっては振られたことが何度かあります(笑い)。でも、人生には振られることも大事と、寅さんに教わりました。『葛飾立志篇』では寅さんと礼子の出会いの場面が好きです。喫茶店で声を掛けた礼子が、とらやに下宿していることがわかり、礼子に「お兄様」とにっこり微笑まれると、もう有頂天。“また始まるな”と思うんです。結局振られることがわかっていても、何度でも観てしまいます。【葛飾立志篇・あらすじ】御前様の姪で、大学助手の美しき礼子がとらやに下宿し、寅次郎は一目惚れ。礼子の気を引こうと、礼子に家庭教師になってもらい、猛勉強を始める。やがて礼子の師である教授も礼子を思慕していることを知り、自ら身を引く。だが、教授も礼子に振られてしまう。●こしなか・しろう/プロレスラー。1958年生まれ。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2019.12.30 07:00
週刊ポスト
“寅さん博士”立川志らくが選ぶ、ベスト恋愛模様とマドンナ
“寅さん博士”立川志らくが選ぶ、ベスト恋愛模様とマドンナ
“私生まれも育ちも葛飾柴又です 帝釈天で産湯を使い 姓は車 名は寅次郎 人呼んでフーテンの寅と発します”――。 日本中を笑いと涙に包んだ、国民的映画シリーズの最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が2019年12月27日から全国で公開される。第1作の公開から50周年、50作目となる記念すべき“寅さんイヤー”がやってくる。 渥美清演じる寅さんといえば美しい女性に出会い、たちまち恋に落ちて実らずまた旅に出る。作品にも欠かせないマドンナの存在は当時から話題となった。大の寅さんファンの落語家・立川志らくに、恋愛模様ベスト5とベストマドンナを紹介してもらった。【恋愛模様】◆第1位「男が女を送るって場合にはな、その女の玄関まで送るってことよ」第48作:『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995年) 泉(後藤久美子)が結婚すると聞き傷心の満男が奄美大島へ旅に出る。そこで出会ったリリー(浅丘ルリ子)の家には寅さんがいた。【志らくコメント】「どこまで送ってくれるの?」とリリーが寅さんに聞いた時のセリフ。寅さんの照れ隠しと粋が最高にかっこいい。◆第2位「寅さんみたいな人って言っちゃったんでしょ!」第32作:『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年) 博(前田吟)の父の葬儀に出られなかった寅さんは墓参りに行き、そこの住職の娘・朋子(竹下景子)と知り合う。両想いになった2人だが寅さんがおどけてふざけてしまう場面。【志らくコメント】 寅さんに想いを寄せる朋子が、「父と結婚相手の話になった」と遠まわしに恋心を伝えた時に、寅さんがおどけて言うセリフ。両想いだったのに寅さんが逃げたことでこの恋は終わってしまうんです。◆第3位 柴又の駅で傘をさして待っている寅さん第15作:『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年) 青森で知り合った兵頭(船越英二)と旅する寅さんはリリーと偶然再会。3人で北海道を旅することになったが、リリーと寅さんは大喧嘩。【志らくコメント】 リリーが柴又駅に着くと外は雨。ふと前を見ると喧嘩をしていた寅さんが、黙って傘をさして待っている姿は日本映画史上最高にかっこいい場面。◆第4位 寅さんの船を見送るかがりさんの姿第29作:『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(1992年) 街で見かけた老人を親切にした寅さん。その人はなんと豪邸に住む人間国宝の陶芸家だった。そこで働くお手伝いのかがり(いしだあゆみ)に心惹かれるが…。【志らくコメント】 寅さんに恋をしたかがりさんの気持ちから船に乗って逃げ出そうとする船場のシーン。寅さんを見送るかがりさんの寂しそうな表情が震えるほど素晴らしい。◆第5位 人間は何故死ぬのでしょうか?第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(1976年) さくらの知り合いの綾(京マチ子)は病に侵され余命わずか。そんな綾を寅さんは懸命に励まし、人生最後のひと時を寅さんと過ごす。【志らくコメント】 病気の綾にこのセリフを尋ねられた寅さんは「丘の上が人間ばかりになっちゃう」と答える。笑わせながら本質をつく切ないシーン。◆志らくが選ぶベストマドンナ1位:第32作・竹下景子「最も寅さんと結婚させてあげたかったマドンナ。柴又での別れの場面は涙が止まりません」2位:第15作・浅丘ルリ子 「女性版寅さん! 似た境遇の2人は磁石のマイナスとマイナスのように弾き飛ばしてしまうよう」3位:第22作・大原麗子 「シリーズに出てきたマドンナのなかでいちばん妖艶で美しい」【Information】■『映画 男はつらいよ おかえり寅さん』新たに撮影された今を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんが物語を紡ぐ最新作。2019年12月27日(金)全国ロードショー。監督/山田洋次(c)2019松竹株式会社 写真提供/松竹■初のブルーレイ化でお家に寅さんがやってくる!男はつらいよ 復刻“寅んく” 4Kデジタル修復版ブルーレイ全巻ボックス(51枚組)2019年12月25日(水)リリース19万円発売・販売元:松竹
2019.12.18 07:00
女性セブン
田中みな実アナと江藤愛アナ TBS同期組「互いに刺激」
田中みな実アナと江藤愛アナ TBS同期組「互いに刺激」
 ニュース番組やバラエティといったアナウンサーとしての仕事に加え、そのキャラクターやライフスタイルまで注目されるようになった「女子アナ」。タレント的な要素がある一方で会社員でもあるだけに、「同期入社」は何かと比較されがちだ。 フリーの田中みな実アナ(32)とTBSの江藤愛アナ(33)もその一例だ。ともに2009年にTBSに入社した同期で、同じ青山学院大学出身なのに、キャラは正反対。田中アナはバラエティ番組で活躍しつつ、“ぶりっこアナ”として話題を振りまいた。芸能事務所関係者が語る。「2014年にフリーに転身した後は、赤裸々な恋愛エピソードを告白したり、女性誌で手ブラのグラビアに挑戦したり、最近は女優業にも進出している。12月に発売される予定の写真集は、すでに予約が殺到しているといいます」 江藤アナは田中アナとは対照的に、真面目でホンワカとした雰囲気で男性ファンからの人気が高い。「入社当初は田中アナの陰に隠れた地味な存在でしたが、真面目な正確と実直な仕事ぶりが評価され、徐々に好感度を上げてきました。幅広いジャンルの番組を担当できる実力派で、今やTBSのエース的存在。特番のたびに声がかかるので、局員の間では“江藤が過労で倒れるのでは”と心配されているほどです。田中アナもすごい仕事量をこなしているみたいで、ジャンルは違うけれどお互いにいい刺激になっていると聞きます」(TBS関係者) 社会人になってから10年経ち、フリーと局アナ、それぞれの立ち位置でキャラを活かした活躍をしていると言えよう。 遡れば、TBSでは吉川美代子アナ(65)と三雲孝江アナ(65)のライバル関係も注目された。両アナは1977年の同期入社で、吉川アナは「TBSの松坂慶子」、三雲アナは「TBSの竹下景子」と称され、人気を二分した。「当時は、TBSの男性社員が飲み会で数人集まると、“お前は吉川派か三雲派か”の熱い議論になったそうです」(別のTBS関係者) 吉川アナは局アナとして報道キャスターなどを務め、解説委員にまで上り詰めた。2014年に定年退職した後もニュース番組のコメンテーターなどとして活躍し、バラエティ番組『全力!脱力タイムズ』ではおちゃめな一面も見せている。「一方の三雲アナは1989年にプロデューサーと結婚し、翌年TBSを退社。フリーになった後もコメンテーターなどでコンスタントに活躍を続けている。この年齢になるまで同期のライバルが2人とも現役で活躍しているのは、女子アナの世界では稀なケースです」(同前) 田中みな実アナと江藤愛アナも続けるか。
2019.11.04 07:00
NEWSポストセブン

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