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被災地飲み屋おかみ 仮設の店に冷蔵庫まで買ってもらい幸せ 

岩手県・釜石市。3・11まであと60日を切って、希望の年へと踏みだした街は、いまどうなっているのか。人々の生活は、どんなものなのか。作家の山藤章一郎氏が報告する。

* * *
箸先の湯豆腐から湯気が昇ってくる。寒風に小雪が舞う駅裏のだだっ広い空き地の〈呑んべぇ横丁〉。小さい呑み屋がハーモニカの歯みたいに15軒、同じかたち、同じロゴの軒燈をかけている。

〈うさぎ〉〈お恵〉〈美味しんぼ〉〈とんぼ〉〈あすなろ〉〈助六〉。中も、みな同じ造りである。合板パネルの白いカウンター、エアコン、テレビ、冷蔵庫、流しに開店祝い花。6~7人坐ればいっぱいの丸椅子が並ぶ。

〈呑んべぇ横丁〉は津波に流される前の名称で、いま〈はまゆり飲食店街〉と少しお洒落になった。はまゆりは釜石市を表す花である。暮れのぎりぎり12月23日にオープンした。津波前、水路に蓋をする形で25店が営業していた。

かつては、故・井上ひさしさんの母・マスさんの居酒屋もあった。白子のてんぷら。ほや。山菜煮。長芋焼き。つぶ貝。ナメタガレイ。

岩手県釜石市では、壊滅した住宅に150万円、飲食店に10万円の義捐金が支払われた。居酒屋の外枠だけ、〈中小企業基盤整備機構〉が建ててくれた。だが、10万円では流しもカウンターも揃えられない。地元のライオンズクラブ等の援助があった。

割烹着のおかみが山菜を出す。午後7時過ぎ、カウンターの奥、招き猫の脇の〈岩手めんこいテレビ〉が釜石の町に襲いかかる黒い波を繰り返し映す。濁流は車も家も呑み込みながら街路、川をさかのぼってくる。

キー局アナ・安藤優子がそのかつての現場に立ってなにか叫び、40手前のおかみは包丁の手を休め、突進してくる濁流に目を送る。

「ああっ、あそこ、湾からこっちの甲子川沿いのあたしん家、ほら流れてる。……はい、玉こんにゃくと赤かぶ漬けです」

焼酎のお湯割りもきた。

「テレビ見ても、もう涙は流さねえの。死んだ人の分もがんばって生きねばな。全部流されてすっからかんの一文なしだけど、店も家も仮設でつくってもらって生き延びてんです。冷蔵庫まで買ってもらって幸せだよお」

※週刊ポスト2012年1月27日号

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