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震災直後 宮城県知事は現場視察やめ、県庁で調整役に専念した

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県。その「指揮官」である村井嘉浩知事はいかに難局を乗り切ったのか。知事に密着した。

「議長!」

 午前10時半、よく通る高い声が、宮城県議会5階の傍聴席まで響いた。議長からの指名を受け、村井嘉浩・宮城県知事が席から立ち上がる。30分近くに及んだ自民党県議の質問の後、この日最初の答弁に臨むのだ。

 議長席の前に設けられた演壇へと進む姿はピンと背筋が伸び、さすがに「元自衛官」らしい佇まいである。

 村井氏は自衛隊出身者初の都道府県知事だ。防衛大卒業後に8年間、ヘリコプターパイロットなどとして宮城県内の陸上自衛隊で任務に就いていた。

 宮城県では、震災で1万1000人以上の県民が犠牲となった。震災による死者、行方不明者の6割にも達する数だ。瓦礫も7割が宮城県に集中する。

 その県のトップとして丸1年間、村井氏は陣頭指揮を執り、完全なオフなど1日もなかったという。議会が開かれたこの日も、朝8時半から夜9時過ぎまで予定が分刻みで入っている。昼食は、議会の合間におにぎりをつまんだだけだった。

「この1年の間には正直、うろたえそうになる場面は何度もあった。しかし、私は自衛隊出身です。指揮官は決してうろたえてはならない、という教育を受けてきた。決して人前では涙を流さず、家に帰ってから泣いていました」

 平常心を失いかけた時は、防大の恩師である土田國保校長(当時/元・警視総監)が「将来、是非参考にしてもらいたい」と語った言葉を思い返した。

「お尻の穴をぎゅっと締め、へその下に力を込め、大きく深呼吸してすっと立ち上がり、平静を装って指示を出す」

 故・土田氏には警視庁の警務部長時代、お歳暮を装って自宅に送られた爆弾が爆発し、妻を亡くし、中学生の息子も重傷を負った体験があった。その事件の一報を受けた直後、自らが咄嗟に取った行動について、防大の教え子たちに伝えたのだ。30年前に聞いた恩師の言葉を、村井氏は覚えていた。

 震災発生直後、村井氏は現場を回りたい気持ちをこらえ、県庁の対策本部に張り付いた。意思決定を遅らせないよう、調整役に専念した。その場の空気に流されない冷静な判断が、結果的に県民のためになる、という考えだ。

 議会を傍聴していると、その人柄が垣間見える場面があった。

「なぜ、TPP(環太平洋経済連携協定)に反対しないのか」

 村井氏にそう迫った自民党県議がいた。村井氏は2005年に知事に就任する以前、3期にわたって自民党宮城県議を務めていた。自民党県議は「身内」に当たるが、意外なほど厳しい質問が相次いだ。

「TPP反対」を表明していない知事は、全国でも少数派だ。TPPは国政の問題だが、知事たちは選挙の際に「組織票」を提供してくれる利益団体を慮る。自民党県議は村井氏に対し、執拗に「反対」を明言するよう求めた。それでも村井氏は、「国政で決めるべきこと」としか述べなかった。

 津波に襲われた宮城県の沿岸部には、今も壊滅的な打撃が残る。その復興に向けて村井氏が掲げる目玉政策の一つが、漁業を民間会社に開放する「水産業復興特区」構想だ。県の漁業協同組合などは反対しているが、この問題でもブレない。

「私には、将来にわたって宮城県を発展させる責任がある。政策判断は10年、20年後に結果が出ると信じています」

※SAPIO2012年4月4日号

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