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初短篇集出版の川上未映子「私生活の変化は影響しなかった」

【著者に訊け】川上未映子氏/『愛の夢とか』/講談社/1470円

 芥川賞受賞作『乳と卵』から5年。川上未映子氏(36)が、さらなる作家的進化を思わせる初短篇集『愛の夢とか』を出版した。作家と作品はもちろん別々の生き物ではあるが、彼女の作品に限ってはそうとも言い切れない“肉体の装置性”を感じさせ、この世界の手触りと、それを表わし得る言葉の、微かなズレにも厳密だ。

 例えば冒頭の「アイスクリーム熱」の中で、主人公の〈わたし〉は、バイト先にいつもアイスクリームを買いに来る〈彼〉の特徴をうまく言葉にできず、〈それも悪くないな〉と思ったりする。

〈うまく言葉にできないということは、誰にも共有されないということでもあるのだから。つまりそのよさは今のところ、わたしだけのものということだ〉

 名前も知らない、アイスクリームを売り買いするだけの相手に抱いた思いが、日常に刻む小さな裂け目。そんなふとした瞬間に覗くこの世界のあり様を、彼女は7つの物語に正確に綴る。

 川上氏は2011年の秋に同じく芥川賞作家の阿部和重氏と再婚。昨年5月には第一子を出産し、育児と執筆に追われる日々を〈信じられない。仕事だけしていればよかった日々があったなんて〉と、最新エッセイ集『安心毛布』に綴っている。

「私の個人的な生活の変化がもう少し作品に影響するかと思ったんですが、意外と関係はなかったですね。

 本書に選んだ7編に共通するのは“2人”ということ。孤独というと1人のものだと思われがちですが、私は2人が孤独の最小単位だと思っていて、例えば妻が夫に何を話してもわかり合えないと感じているとしたら、単に1人でいるよりもっと絶望がありますよね。かと思うと1人では見られない景色を2人だから見られることもあって、そうした2人という関係性が孕む諸々を書いてみました」(川上氏)

 表題作の2人の関係も、儚いと言えばあまりに儚い。ある住宅街の昼下がり、庭で〈根っこが伸びすぎたワイルドストロベリー〉を手入れしていた〈わたし〉は、隣家から車を見送りに出た上品な老女に〈いつもきれいにされてますね〉と声をかけられたのだ。

〈お花のセンスがよくて、いつも楽しませてもらってるの〉

 隣宅からは時折、ピアノの音が聞こえ、〈わたしこそいつも楽しませてもらってます〉と言うと、〈ぜんぜんなのよ〉〈ひとりのときならいちおう最後まで弾けるのに、誰かの耳があると必ず間違えちゃうの〉と彼女は言う。なかでも印象的だった曲は何かと訊かれたわたしが〈最初のほう〉を伝えると、〈リストね、リスト。愛の夢だわ〉と彼女は答え、以来、火曜と木曜の午後を彼女と過ごすようになった。

 確かに人前だと何度もつっかえる彼女の演奏を静かに見守り、〈テリー〉、〈ビアンカ〉と、それぞれを呼び合う嘘のように美しい時間は、テリーが「愛の夢」を最後まで完璧に弾き切った時、突然終わりを告げる。

〈最後の一音の余韻が部屋からうしなわれてしまうと、テリーはしずかにこっちをむいて、小さな声でやったわ、と言った〉〈わたしたちはどうしてそんなことになったのか、いまもまったく思いだせないのだけれど、どちらからともなく、くちづけをした〉〈そのときわたしはビアンカで、テリーはテリーだった〉

※週刊ポスト2013年5月3・10日号

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