甲子園球場で行なわれる全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)は日本中が注目する夏の風物詩である。しかしそれ以上に全国の高校野球ファンが熱い視線を注ぐのは、その前に各都道府県で繰り広げられる地方予選だ。
球児たちにとって「夢の甲子園」を賭けた地方予選は身近なライバルとの絶対に負けられない戦いであり、少年時代からの野球人生の集大成でもある。そして「おらが街の選手」の活躍に郷土の人々やOBは「今年こそは」と熱狂し、応援する。
そんな地方予選の最大の見せ場のひとつは、甲子園常連校やプロ注目選手を相手に無名校が起こすまさかの下剋上だ。大人気コミック『ラストイニング』(小学館刊)もまさにそんなストーリーだ。古豪ながら近年は初戦敗退ばかりの弱小校・私立彩珠学院高校野球部(サイガク)を率いるOB・鳩ヶ谷圭輔(愛称ポッポ)が、深い野球理論を駆使し、地方予選を勝ち抜いて夏の甲子園に出場する。予選決勝の聖母学苑戦は作中でも最も盛り上がったシーンだ。著者・中原裕氏に地方予選の魅力を聞いた。
──『ラストイニング』は「甲子園に出場できなければ廃部」というシビアな設定もあって、県大会決勝は手に汗握る展開でした。野球漫画は「甲子園出場まで」を深く描く作品が多いですね。
「連載をスタートさせた時も”まずは地方予選の決勝を最大のハイライトにしよう”と決めていました。やっぱり野球をやっている高校生にとって、憧れの甲子園に出られるかどうかというのは一大事。予選を勝ち進めるかどうかは、甲子園本戦での勝敗よりもっと切実なんですよね。だからドラマが生まれやすい。
あだち充先生の名作『タッチ』もそうでした。“南ちゃんを甲子園に連れていく”という物語だけに、県大会決勝の須見工戦がまさにクライマックスでした。甲子園でも全国優勝するんですが、それは記念品の優勝皿が部屋にあるという描写だけでしたね」
──『ラストイニング』の痛快さは、弱かったチームが強豪を撃破していく物語にありました。決勝の相手の聖母学苑は、県外からの野球留学組もいる甲子園常連校。投打の実力でいえば圧倒的にサイガクが不利だったはずなのに、データを駆使したり、「勝つためにやれることは何でもやる」という鳩ヶ谷監督の先の先を読む采配が的中したりで、強敵に対抗する。
「努力と根性があれば何とかなるという、ありがちなスポ根にはしたくなかった。選手層の厚さだけでなく、環境や練習量でも上をいくチームに勝つには、やっぱり土台となるだけの実力と、相手を分析しての作戦が不可欠だと思うんです。それがなければ読者を納得させるリアリティは生まれない。
サイガクには、練習試合で『1点ゲーム』というのをやらせています。ポッポが“毎回相手に1点を取らせて帰ってこい”という指令を出すんです。0点でもダメで、2点以上とられてもダメというのが肝心です。大事な試合ではピンチをいかに最少得点でしのぎきるかというのがポイント。大量失点もありうるケースをどう防ぐかを叩き込む練習法です」