ライフ

『卑怯者の島』と『総員玉砕せよ!』の異なる読後感について

2冊を読み比べてみた

 戦後70年目の8月15日がやってきた。コラムニスト・オバタカズユキ氏が2冊の戦記マンガをお勧めする。「読後感が全く違う」とオバタ氏はいうが、あなたはどう感じるだろうか。

 * * *
 夏は戦記マンガが読みたくなるということで、前回のNEWSポストセブンのコラムでは、水木しげる著『総員玉砕せよ!』の紹介をさせてもらった(2015.08.11 16:00公開)。

 それまでにも幾度となく読み返してきた『総員玉砕せよ!』だが、私は飽きることなく、この夏も作品中に引き込まれるような気持ちで読了した。そして、その翌日、今年の7月20日に発行されたばかりの小林よしのり著『卑怯者の島』を手に取った。A5版で全498ページ。運動部員の弁当箱のように大きく厚く重い。

 でも、途中でページをめくる手がとまることなく、一気に読み終えた。さすが百戦錬磨のエンターテイナーの手による〝戦場ストーリー巨編″。随所に盛り上げどころがあって、読み手を飽きさせない。力作だと思った。

 ただ、『総員玉砕せよ!』の直後に読んだ『卑怯者の島』は、同じように先の大戦でおきた南方の島での「玉砕」を扱っているのだが、ずいぶんと読み心地が違った。どちらも兵隊たちがこれでもかと死んでいく戦場の不条理を描いているのだけれど、読後感がまるで異なるのだ。

 これは飽くまで私の感覚だが、水木しげるの『総員玉砕せよ!』を読み終えた後は戦争ってものの無意味な暴力性に呆れ果てるのだが、小林よしのりの『卑怯者の島』の場合はそうでもなかった。逆に、テンションの高いその世界がまぶしく思えるようなところがあるのだった。

 小林よしのり自身は、「卑怯者の島 あとがき」でこう書いている。

〈これは反戦漫画でもないし、好戦漫画でもない〉

 たしかに戦争反対的なメッセージは発していないし、戦争を肯定するような描き方もしていない。それどころか、全498ページのうちの過半が戦闘シーンを始めとした地獄絵図で、主人公は常に生と死のはざまで葛藤し続けている。ものすごくドロドロしている。

 しかし、そのドロドロとしたストーリーと絵柄に慣れてくると、そんなに居心地が悪いわけでもない読書になるから不思議なものだ。先述したような著者の「読ませる」テクニックが効いているせいでもあるが、それだけではない。描かれている内容に密度があり、読者は圧倒されていくのだ。

 不本意ながら米軍の捕虜となり生きて帰ってきた主人公。彼が最後にどうなるかのオチは明かさないが、年老いて現代に生きる彼はある事件に巻き込まれ、次のようなセリフをいまどきの若者に投げつける。

〈こんな世の中つまらんだろう?〉

〈一緒に行こう〉〈来るんだ。あの島へ!〉

〈死臭が鼻をつき、うめき声が鼓膜をふるわせるあの時空へ!〉

〈死神に包囲されながら、生の輝きが凝縮したあの島へ!〉

 このセリフを吐いているときの主人公は、ありていに言うと完全にイッてしまっており、読者が共感するような相手ではない。とはいえ、私はココで「やっぱり!」と思った。

 このシーンに至るまでの、長い長い壮絶な戦闘シーンと極限の心理状況は、〈生の輝き〉を〈凝縮〉させたものだったのだ。だから戦争はカッコいいとか、尊いものだとか、著者が何らかの価値観を押しつけるような描き方はしていないものの、小林よしのりは戦場に〈輝き〉を見出していたことは確かなのだ。

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン