国内

終戦宰相・鈴木貫太郎 連合国に条件付降伏を呑ませた交渉術

 奇しくも、戦艦大和が九州・坊ノ岬沖海戦で米軍に撃沈され敗戦が色濃くなった1945年4月7日、鈴木貫太郎が首相に就任。直ちに終戦交渉の布石を打った。その手始めは国民に向けた以下の談話だった。

〈私の屍を踏み越えて起つの勇猛心を以て新たなる戦力を発揚し……〉

 一見、国民に徹底抗戦を呼びかける内容だが、鈴木の真意は違った。当時の国内には陸軍を中心とする主戦論と、終戦を「逃げ」と受け止める好戦的な国民感情が渦巻いていた。下手に「和平」などと口にすれば、血気盛んな将校がクーデターを起こしかねない。鈴木は早期の戦争終結を目指す本心を隠し、勇猛な演説で軍部と国民を欺いたのだ。

◆「これまでの日本人と違う」
 
 その一方、和平を望む様々なシグナルを連合国に送った。首相就任から一週間も経たないうちに米国のルーズベルト大統領が脳溢血で急死すると、鈴木はルーズベルトに「深い哀悼の意」を表明。日本と激しい戦いを繰り広げている米国の「ワシントンポスト」、「ニューヨークタイムズ」などが鈴木の弔意を伝えた。

 当時、米国に亡命中だったドイツの文豪トーマス・マンは鈴木の行動をこう賞賛している。

〈これは驚くべきことではないでしょうか。東洋の国日本にはいまなお騎士道精神と人間の品位に対する感覚が存する〉(平川祐弘『平和の海と戦いの海』)

 敵国トップの不慮の死に哀悼の意を示したことで「鈴木はこれまでの日本人と違う」という新鮮な印象が諸外国に与えられた。これも外交上の大きな効果だった。

 6月9日の施政方針演説で鈴木は、昭和天皇と日本人が平和を希求することを以下のように強調した。

〈世界に於て我が天皇陛下ほど世界の平和と人類の福祉とを冀求遊ばさるる御方はないと信じて居るのであります〉

〈日本人は決して好戦国民にあらず、世界中最も平和を愛する国民なることを……〉

 その一方で、連合国が求める無条件降伏への徹底抗戦をこう誓っている。

〈我が国体を離れて我が国民はありませぬ。敵の揚言する無条件降伏なるものは、畢竟するに我が一億国民の死と云うことであります。我々は一に戦うのみであります〉

 この演説は、表向き戦争貫徹を唱えるも、裏では連合国が「無条件降伏」の要求さえ翻せば、日本は終戦交渉に応じるとのメッセージだった。昭和史に詳しいジャーナリスト・堤堯氏が語る。

「貫太郎は無条件降伏ではなく、あくまで『条件付き降伏』の獲得を目指しました。彼の施政方針演説は“条件さえあれば戦争をやめても良い”というシグナルだったのです。これを受け、厭戦気分が広がる米国では、貫太郎の親友であるジョセフ・グルー前駐日大使らが日本側にどのような条件を出せば良いか協議しました」

関連キーワード

関連記事

トピックス

広陵野球部・中井哲之監督
【広陵野球部・被害生徒の父親が告発】「その言葉に耐えられず自主退学を決めました」中井監督から投げかけられた“最もショックな言葉” 高校側は「事実であるとは把握しておりません」と回答
週刊ポスト
薬物で何度も刑務所の中に入った田代まさし氏(68)
《志村けんさんのアドバイスも…》覚醒剤で逮捕5回の田代まさし氏、師匠・志村さんの努力によぎった絶望と「薬に近づいた瞬間」
NEWSポストセブン
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《ずっと若いママになりたかった》子ども好きだった中山美穂さん、元社長が明かした「反対押し切り意思貫いた結婚と愛息との別れ」
週刊ポスト
連敗中でも大谷翔平は4試合連続本塁打を放つなど打撃好調だが…(時事通信フォト)
大谷翔平が4試合連続HRもロバーツ監督が辛辣コメントの理由 ドジャース「地区2位転落」で補強敢行のパドレスと厳しい争いのなか「ここで手綱を締めたい狙い」との指摘
NEWSポストセブン
伊豆急下田駅に到着された両陛下と愛子さま(時事通信フォト)
《しゃがめってマジで!》“撮り鉄”たちが天皇皇后両陛下のお召し列車に殺到…駅構内は厳戒態勢に JR東日本「トラブルや混乱が発生したとの情報はありません」
NEWSポストセブン
事実上の戦力外となった前田健太(時事通信フォト)
《早穂夫人は広島への想いを投稿》前田健太投手、マイナー移籍にともない妻が現地視察「なかなか来ない場所なので」…夫婦がSNSで匂わせた「古巣への想い」
NEWSポストセブン
2023年ドラフト1位で広島に入団した常廣羽也斗(時事通信)
《1単位とれずに痛恨の再留年》広島カープ・常廣羽也斗投手、現在も青山学院大学に在学中…球団も事実認める「本人にとっては重要なキャリア」とコメント
NEWSポストセブン
芸能生活20周年を迎えたタレントの鈴木あきえさん
《チア時代に甲子園アルプス席で母校を応援》鈴木あきえ、芸能生活21年で“1度だけ引退を考えた過去”「グラビア撮影のたびに水着の面積がちっちゃくなって…」
NEWSポストセブン
異物混入が発覚した来来亭(HP/Xより)
《ラーメンにウジ虫混入騒動》体重減少、誹謗中傷、害虫対策の徹底…誠実な店主が吐露する営業再開までの苦難の40日間「『頑張ってね』という言葉すら怖く感じた」
NEWSポストセブン
暴力問題で甲子園出場を辞退した広陵高校の中井哲之監督と会見を開いた堀正和校長
【「便器なめろ」の暴言も】広陵「暴力問題」で被害生徒の父が初告白「求めるのは中井監督と堀校長の謝罪、再発防止策」 監督の「対外試合がなくなってもいいんか?」発言を否定しない学校側報告書の存在も 広陵は「そうしたやりとりはなかった」と回答
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《過激すぎる》イギリス公共放送が制作した金髪美女インフルエンサー(26)の密着番組、スポンサーが異例の抗議「自社製品と関連づけられたくない」 
NEWSポストセブン
悠仁さまに関心を寄せるのは日本人だけではない(時事通信フォト)
〈悠仁親王の直接の先輩が質問に何でも答えます!〉中国SNSに現れた“筑波大の先輩”名乗る中国人留学生が「投稿全削除」のワケ《中国で炎上》
週刊ポスト