「四十になった時に『ハムレット』をやりまして、それを最後に俳優座を辞めました。その際、仲代さんから『無名塾を手伝ってほしい』と。仲代夫妻は私の仲人なんですよ。頼まれたら、もちろん嫌とは言えません。
演出は宮崎さんがされてきましたが、非常に優れた方でした。いかに俳優をリラックスさせるか。いかに俳優が前向きになって自分の良さを見せていくか。そういう技を持っていました。
たとえば、『映画の本番前は緊張します。あの緊張をとる良い方法はないですか』と相談したことがあります。すると宮崎さんは『《はい、本番よーい》と言われた時に息を吐いてから始めてごらん』と。たしかにそうすると、集中力が出るんですよ。
あるいは舞台で一つ間を作りたい時は『一歩前に出てから、こっちを向いてごらん』とか。そういう、理屈ではなくて、見た目と内面がどうつながるのかを具体的に教えることに長けていた方でした。そういう演出のできる方は、あの人以外に会ったことはありません。
宮崎さんは俳優座の演出家で俳優でもあった青山杉作さんから教わったと言っていましたが、それだけではないと思います。仲代さんの芝居を毎日観ながら『ああした方がいい』と思っていたのを積み重ねてきたのではないでしょうか」
■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2015年12月11日号