◆動作保証90日に満たずデータ偽装
取材を進めるうち、コアハートの設計図とバタフライバルブの実験データを極秘に入手することができた。
そこでバルブ開発について実績をもつある企業の協力を得て検討を重ねたが、設計・バルブの実験データともに不良な点は認められず、完璧すぎると言っても良いほどの数値がそろっていた。非常に難しい設計を実現したサヤマ製作所の技術力を見せつけられた結果になったが、気になるのは技術者たちがいう“完璧すぎる”という言葉である。やがて、実際にサヤマ製作所で開発現場の間近にいたという人物にたどり着き、証言を得た。そこで浮かび上がったのは、人間の命を預かる医療機器にあるまじき不正の数々であった。
3年以上前から開発が進められていた、人工心臓コアハート。開発は順調に進み、臨床試験まであと一歩という段階まで来たころ、血液の逆流を防ぐキーパーツであるバタフライバルブに関して、動作保証90日の基準に対して耐久性が足りないという指摘があり、その難しい設計から下請けメーカーを変更して見直される事になった。
日本クラインから複数のメーカーに依頼するも実現できるだけの技術力を持った企業はなかなか現われず、そこに名乗りをあげたのがサヤマ製作所の椎名直之社長だったという。サヤマ製作所は難しい設計を実現できるどころか、さらに耐久性や動作性を飛躍的に向上させた改良案の設計図を持ち込んだ。アジア医科大学と日本クラインはもちろんこの提案に乗った。
しかし、実際にはその設計図は他社から不正に入手したもので、サヤマ製作所は設計図通りの製品を実現できず、その性能は動作保証90日の基準には届かないものだった。納期が迫る中、サヤマ製作所は実験データの数値を書き換えてバタフライバルブを納品した。それは、椎名直之社長の指示だったという。臨床治験患者の死亡の真相は、心不全ではない──サヤマ製作所のデータ偽装を背景にした、人工心臓コアハートの動作不良である。
臨床治験患者が死亡したその時、アジア医科大学の医療知識と日本クラインのノウハウをもってすれば、人工心臓コアハートに何らかの不具合が起きた可能性は充分指摘できたはずだ。臨床治験患者の死亡から充分な調査期間もなくその死因を心不全による病死だと断定して、人工心臓コアハートを無関係だと結論づけたことには、なにか意図があるようにしか思えない。
自社の実績を積み重ねるために実験データを偽装し、未完成品だとわかっていながらバルブを納品したサヤマ製作所。人工心臓コアハートの臨床治験失敗を恐れて、動作不良を認めず患者の本当の死因を隠蔽したアジア医科大学と日本クライン。医療は、人の命を守る尊いものである。病気と戦いながら、新しい医療機器の開発を待ち望んでいる人の数も計り知れない。しかしそれが欲望や悪意に汚されてしまったとき、医療は人の命を奪う道具にもなり得る。
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【「ドラマ版週刊ポスト」の作成を担当したADの宮崎萌加さんの話】
「記事は台本と矛盾しないことを前提に、監督がアップにしそうな箇所に重要な単語が並ぶように工夫しています。週刊誌らしい文面にするためにポストのバックナンバーを何冊も読み込みました。一番苦労したのはタイトル。実際のポストのような過激なタイトルは映せませんから(笑い)」
なお、『下町ロケット』未放送シーンも収録したディレクターズカット版のDVD&Blu-rayが、来年3月23日に発売される。BOXにはオリジナルブックレットや特典映像ディスクも封入予定だ(発売元:TBS 販売元:TCエンタテインメント (c)池井戸潤「下町ロケット」/TBS)。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号