──一般的にはいまはペットくらいしか動物と触れあう機会はありません。

「ぼくたちの時代に比べれば、確かにそうですね」と畑は満洲で過ごした幼少期を振り返った。

「うちの前に豚舎がありましてね。朝、学校に行くために家を出ると、メス豚が子どもを生んでいた。ぼくらの世代は動物が本当に身近だったから、もうぜんぜん違いますよね」

 でもね、と畑は続ける。

「いまは犬に洋服を着せて散歩させている人がたくさんいるけれど、あれはあれでいいんです。人間が犬や猫を飼っているのか、飼われているのか分かりませんが、関係を築いていくわけですから、互いに変化していくわけでしょう。

 動物と繋がるということは、自分が思い通りにならない世界を知ることなんですね。人間同士も同じです。一緒にいれば、快もあれば、不快もある。それが現実なんです。現実を知らないバーチャル社会を象徴するのが、こないだ障害者施設で起こった事件でしょう」

 畑が言及したのは、相模原市の福祉施設で重度障害者19人が殺害された事件である。

「あれは、自分の狭い世界をとことん突き進んでしまった結果、起きた事件です。要するに、広い愛情を他者に持てなかった。障害者は社会の邪魔だ、手間ばっかりかけやがって、と。自分の思い通りにならないことに我慢できなくなってしまったわけですよ」

 19人を殺害した容疑者は、劣性遺伝子を排除する優生思想を唱えているという。事件は残虐極まりなく、絶対に許せない。ただ、畑に聞いてみたいことがあった。動物界は弱肉強食の原理に貫かれており、それは優生思想の原型なのではないか、と。「いやいや、強い者が勝つとは限らない。そんな単純な世界ではありません」と即座に否定した。

「一夫一婦制の鳥のオスはほかの強いオスから自分の巣やメスを守るわけですが、ケンカしている最中に違う鳥が巣に忍び込んでメスと交尾する。遺伝子を調べると27%がつがいの子どもではないんですよ」
(文中敬称略)

【プロフィール】畑正憲(81)/ 動物研究者 1935年福岡県生まれ。満洲開拓団に家族で参加。6歳から小学校3年まで同地で生活。東京大学理学部卒業。学習研究社で記録映画製作に従事した後、作家として独立。1980年よりテレビ番組『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』がスタート。多忙を極めたが、趣味の麻雀のためなら徹夜も厭わなかったという。

聞き手■山川徹(ノンフィクションライター)

※SAPIO2016年10月号

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