「強力な接着剤で貼り付けたのですが、接着剤が乾くまでに3時間もかかった。手で押さえて1時間経って見ると、石碑の台座自体が傾いているため石板もズレてしまっていた。そこで近くの大きな石を重石にして作業を切り上げ、ホテルに戻ってから吉田氏の長男に『任務完了!』と伝えました」(同前)
10日後、現地が大騒ぎになっていないかと思って見に行くと、重石が載ったままの石碑があった。要は地元の人々の日常において謝罪碑は“気に留めるようなもの”ではなかったのである。
奥氏は自分の“作業”が相手にされなかったため、やや拍子抜けしながらも、石板がしっかり固定されているのを確認して帰国。墓地の管理事務所宛に手紙をしたため、碑文を書き換えたことを自ら名乗り出た。するとほどなく韓国の警察から電話があり、出頭の要請があり、冒頭のシーンへと続くのだった。そして現在は、拘束は解かれたものの、韓国からの出国禁止措置が取られている。
※週刊ポスト2017年7月14日号