手持ちの書物をひっくり返すと同時に、ネット上でできる限り検索したところ、まもなく謎が解明された。
武漢で同様のイベントが毎年実施されてきたのは事実でも、それはここ20年のこと。百歩亭の住民たちが春節前夜の料理から各家一品ずつを持ち寄り、「百家宴」というイベントを開催したのが始まりだった。その後、ギネスの世界記録を意識して規模の拡大を重ねた結果、「百家宴」から「千家宴」を経て現在の「万家宴」となったようなのだ。つまり伝統と言ってもたかだか20年の歴史を持つに過ぎず、行事が開かれる範囲もその団地内に限られるというのが真相だった。
歳月の浅い伝統ではあるが、その実施日には意味がある。今年の春節元旦は新暦1月24日で、武漢で万家宴が開催された1月18日は旧暦の12月24日にあたる。この日は春節を迎える準備を始める日にして、「小年(シャオニェン)」という竈の神を祀る日にもあたっていた。
竈の神は一年に一度、その家に住む人々の行ないを天帝に報告するため昇天すると考えられている。各家庭とも悪い報告をされては困るので、竈の神の口の中をねばつかせて満足に話せないようにするため、砂糖菓子を供えるのが習慣となっている。それに付随し供えられたご馳走は竈の神に供えたのち、一家でもって食された。小年の日は華北では23日、華南では24日という一日のズレはあるが、やることは同じであった。
1000人以上の死者が出ている最中に何を悠長なことと思われるかもしれないが、どんな混乱状態にあったとしても、誤った情報はその都度正すべきだろう。今回は中国歴史・文化オタクの意地として筆を起こした次第である。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など著書多数。最新刊は『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)。