「ヤクザや女性などに接触する場合、あらぬ疑いをかけられたりしないようにするための予防的な意味もあります」
これは、ミイラ取りがミイラになるのを防いだりお互いの監視を意味する。新聞記者や雑誌記者らに刑事が2人一組の理由を尋ねると、たいていこの理由を真っ先に答える。それだけ警察官の不祥事が多いということでもある。
「しかし、相手がどうしても一対一でなければダメだと言った場合などは1人で行きます」
元刑事はそう話してくれた。では、ヤクザの場合はどうなのか。
「相手がどうしても1人で来てくれと言っても、絶対に1人では行かない」
暴力団幹部は、うんざりした顔で首を横に振ってそう答えた。相手は“姉さん”と呼ばれる組長や幹部の妻たちだからだ。
「1人で行ったって面倒になるだけ。そんな面倒はごめんなんで。誰がどこで見ているのか分からない。あらぬ疑いをかけられるなんてまっぴらだ」
深夜、酔っ払って良い気持ちになった姉さんが、飲んでいる店の前まで迎えに来るよう組に電話してくるという。この迎えの時こそ、ヤクザにとって2人一組でなければならない時なのだ。特に、夫である組長や幹部が服役中でいない場合は要注意だ。夫がいない寂しさを紛らわすため、憂さ晴らしに夜な夜な飲み歩き、ホストに入れ込む姉さんもいる。
「迎えに行くと、馴染みのホストが見送ってくれるんだが、このホストが曲者。組長がムショにいる間、姉さんと遊んでいたのは自分だってことを組長に知られたくないわけだ。1人で迎えに行ったりしたら、ホストにとっては好都合、『あれは怪しい』とあることないこと噂され、それがあっという間に広がる」
「酔っ払ってホストにしなだれかかっているところを若い衆に見せたくない姉さんは、1人で迎えに来てと言ってくるが、毎回、いや~それはできませんとやんわり断る。1人で家まで送っていって、つい魔が差したヤツを何人も見てきたからな。こっちにその気が無くても、迫られて拒めなくなる時もある」
魔が差したヤツらの末路は悲惨だという。身内の裏切りがそのまま許される世界ではない。ヤクザにとっては抗争や敵対する組より、酔っ払った姉さんの方が存外に危険な時があるということだ。