同年は映画『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督)にも主要な役柄で出演している。
「演技の基礎は何もないし、映画のことは何も知らないのに、オーディションは受かるんです。熊井監督のことすら、よく知りませんでした。
あの時は、高橋洋子ちゃんの演じる娼婦の恋人役でしたが、彼女が何人も客をとって疲れて倒れたのを見て『チクショウ!』と叫ぶ場面があるんです。これが言えなくて。魂が入っていない。それで、二十三回も熊井監督からNGが出ました。あまりにセリフが甘い、と。
仕方ないので、後でオンリー(セリフの音だけを録る)になったんです。それも五十回くらいかかりました。
それなのに、今度はその撮影中に東宝の『青春の門』のオーディションがあって、『サンダカン』の衣装のまま行ったら、受かっちゃった。それで、『こいつを育てて売っていこう』というラインに乗ったわけです」
【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2021年4月16・23日号