1982年、国公立大学共通一次試験が行われている東京大学前で「合格弁当」を売る弁当屋(時事通信フォト)

1982年、国公立大学共通一次試験が行われている東京大学前で「合格弁当」を売る弁当屋(時事通信フォト)

 かけっこの速い子も、いずれ明確なタイムでふるい落とされる。受験も模試なり定期テストで点数は出る。こちらも明確な偏差値の輪切りで志望校を決めるわけで、理IIIも不合格はもちろん受けるに達しない、という結果が100mの持ちタイムと同様に突きつけられる。芸術や創作の世界は才能のあるなしを量るに難いが、数字の世界は残酷なほどに明確だ。

「はい。だから怖いんです。それまで理IIIに行くはずと思い込んでいた受験エリートがその100人にはなれないと知ってしまう。洗脳がひどい場合や思い込みの激しい子だとおかしくなる子もいます。とくに学校のプレッシャーと家庭のプレッシャー、最近だとネットのプレッシャーの三方向で追い詰められた子は『それなり』に落ち着けなくなるのです」

 極端で多くの大人からすれば異常に思えてしまうかもしれないが、ずっとそう思い込まされてきた子供、その期待に応えてきた子供からすれば「逃げ場」が無くなってしまうということか。またネットというのは匿名掲示板やSNSはもちろん、学校や塾の仲間で内々に作られるメッセンジャーアプリによるグループのことだろう。昔はなかったこうした情報の氾濫もまた、多感な思春期には堪えるかもしれない。

「学校や教師によっては東大か医学部以外は負け、と考えるトップ校は普通にあります。私学も営利企業ですから理III合格者はいい宣伝になりますからね。それでも受験段階で多くはエリートとしての『それなり』に落ち着くのですが、そうなれない子は追い詰められます」

 なんだか甲子園常連の野球エリート校のようだ。少年野球時代はエースで4番でも3年間スタンド応援というのは珍しくない。もちろん大半は『それなり』の進路に落ち着いたり、野球部を去っても別の夢に切り替えたりするが、不器用で真っ正直な子供によっては行き場をなくす、いや、生き場をなくしてしまう。真摯で本気だったからこそ。親も学校も手を差し伸べなければ、そう錯覚してしまう。

「残酷ですけど、日本の上位100人とかになるって時点でなれない確率のほうが高いわけです。オリンピックのメダリストとか宇宙飛行士に比べれば間口は広いですが、プロ野球も理IIIもその点は同じです」

 同世代で「世界の数人」に比べれば間口が広いのは確か。例えばバレエは「世界一残酷な職業」とまで言われるほどに死屍累々である。日本限定なら将棋がその究極のひとつだろうか、あれは本当に残酷で、それをわかって目指すものだ。プロになれるのすらごくわずか、ほとんどが奨励会で挫折する。中には不幸な道をたどる人もいる。それらに比べれば同世代の100人は間口としては広いが、やはり理III合格が究極の「選ばれし受験勝者」であることには変わらないのだろう。

「医者になるという夢なら国公立でも私立大学でも、当たり前の話ですが東大以外たくさんあります。日本の最上位クラスの私立高校の子ならどこかの医大には入れるでしょう。裕福な家ばかりですしね。でも医者になりたいのではなく受験の頂点に立ちたい子もいるんです。そういう子は理IIIでなければだめなんです。そういう子の親も教師、学校もです」

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