「自ら路上生活を望む」実態も
無事アパートで暮らし始めても、すぐにまた路上に戻ってしまう人もいる。山谷の街で出会ったマサさん(90)の話。
「だってアパートは一人ぼっちで寂しいでしょ。でも公園なんかには仲間がいるからね。行けば話を聞いてくれるでしょ。だから戻っちまうんだよ」
そんな理由でつい最近まで路上生活だったマサさんも寄る年波には勝てず、今は生活保護を受けながら山谷のドヤ(簡易宿所)に暮らしている。
そもそも生活保護を受けたがらない人もいる。山谷の街にある民間ホスピス「きぼうのいえ」の元理事長・山本雅基氏が語る。
「コロナ禍で生活困窮者が急増したためにかなり改善されてはいるのですが、以前は生活保護を受けるとき、行政側は”扶養照会”を厳しくやっていた。扶養義務のある家族に連絡を取って支援の意思があるかどうかを問い合わせるんです。これを嫌がって制度を使わない人が多い。自分が生活困窮者であることを家族に知られたくないんですね」
かく言う山本氏も現在は生活保護を受けて暮らしているのだが、その経緯については拙書『マイホーム山谷』に詳述したのでここでは割愛する。
さらに、生活保護を受給してアパートなどに住むよりも、路上生活を続けるほうが得と考える人も一定数存在する。
生活保護を受けるには、住んでいる自治体で申請をする必要がある。つまり、保護対象者は住所が確定していなければ、そもそも生活保護を申請することができない。家賃を支払って住居を得ることが必要条件なのだ。
すると、家賃が高くついて“手元の現金”が減ってしまうことを避けるために、あえて路上にとどまることを選択する人が出てくる。路上生活を実際に体験し『ルポ路上生活』にまとめた國友公司氏が解説する。
「生活保護費の満額は単身者の場合13万円ほどです。対象者に年金などの収入がある場合、それを差し引いた額が支給されます。例えば年金が9万円だとすると、差額の4万円が生活保護費として支払われるのですが、都内ではアパートの家賃が生活保護費より高くつき、月の手取りが年金額を下回ってしまうケースもある。だったら保護を受けずに9万円まるまる手にしたほうが得ということで路上生活を選ぶ人も多いんです」
厚労省の調査からもそうした状況が見てくる。「今後どのような生活を望むか」の問いに「アパートに住み、就職して自活したい」と答えたのは17.5%で、「アパートで福祉の支援を受けながら、軽い仕事をみつけたい」が 12.0%であるのに対し、「今のままでいい」と答えた人は 40.9%に上る。