「下の住人です。すみませんが、うるさいので静かにしてもらえませんか」
ごく普通のどこにでもいる若者にしか見えない若い衆は、落ち着いた声でそう頼んだ。父親の背後に子供たちが走り回る姿が見えたという。
「こらっ、静かにしなさい」と父親は叱ったが、向き直ると
「子供たちはのびのび育てたいんです。管理人から何度も注意されて、これでも我慢させているんです。これ以上、どうしろというのか」と、開き直ったという。
警察に通報したけれど
それからも騒音は続き、ついに組長は意を決して警察に通報した。知り合いの警察官に相談したところ、「絶対に自分で行くな。警察が嫌なのはわかるが、煩いと思ったらすぐに警察に通報しろ。お巡りが飛んでいくから、そいつに任せろ」と言われていたからだ。最寄りの交番から駆け付けてきた初老の警察官は、組長を前に顔を強張らせたが、事情を聴取すると「こちらで対応します」といい、階上の音はその後、ピタリと止んだ。
夜になりドアベルが鳴った。ドアを開けると男女が立っていた。
「どうもすみませんでした」、階上の夫婦は初めて頭を下げた。
「音がうるさくてテレビも見ていられない。昼寝もできない。騒ぐのはやめさせてくれ」という組長に
「すみません。でも、ずっと我慢させてるんです。子供なんですよ」
そこで父親の視線が、組長の左手を捉えた。
「えっ何なに? 子供が静かにしないと僕たち、脅されるんですか」
組長には小指がなかったのだ。
その後も騒音が止むことはなく、組長は引っ越しを決めた。
「子供が悪いわけではない。ルールもモラルもないような親が悪い。俺が自分でピンポンしていたら、きっと警察に通報されてただろう」
親のモラルの問題まではヤクザでも警察でも解決できないようだ。