たとえば、アメリカ映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』には、イエス・キリストが実際に用いたという「聖杯」が出てくる。仮にこうしたものが実在したとして、器用な職人がそれと外見上はそっくりな杯を作ったとしよう。しかしそれはあくまで複製であって、決して本物には「なれない」。あたりまえの話だが、じつは神道という宗教においてはそれが可能になる。それを可能にするのが、前回最後に述べた形代という「概念」だ。形代とはご覧になったことがあるかもしれない。自分の穢れを「水に流す」ために自分の名前を記した人型の紙だが、あれだけが形代なのでは無い。じつは形代は依代の一種で、紙人形だけで無く藁人形もあるし、他の形のものもある。では、依代とはなにか?

〈依代 よりしろ
神霊のよりつく代物。尸童(よりまし)が人間であるのに対して、依代は物体をさす。それには神聖な標識として、樹木や自然石、あるいは幣串(へいぐし)など種類は多い。依りは神霊の憑依(ひょうい)を意味し、代は物のことであるから、何物によらず神霊がよりつくことで神聖化されて祭りの対象になる。神社に祭る神体は霊代(たましろ)と称し、また神符守札の類などもすべて神の依代とみなされるが、古代では神木が神の依代として信仰された。(以下略)〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者菟田俊彦)

 鎌倉時代初期、新しい時代の創始者となった源頼朝は本拠地鎌倉の権威を高めるために、京都の石清水八幡宮と同じ八幡神を祀る鶴岡八幡宮を建立した。では、この行為はキリスト教徒が新天地に教会を建てるのと同種のものか? じつはまったく違う。キリスト教会もイスラム教のモスクも神に祈るための礼拝施設だが、そこに「神が存在する」わけでは無い。キリスト教会にはイエス像があるが、これは「神」では無い。神を想起するための偶像であり、イメージでしか無い。だからイスラム教では、そういうものと本物の神を混同しないように「偶像崇拝禁止」を掟としている。しかし、日本の神は「勧請」できる。頼朝がやったのは勧請である。では勧請とはなにか?

〈かん-じょう[クヮンジャウ]
【勧請】
(1)仏語。仏に説法してくれるように願い、また、その教えが世に長くあるよう請うこと。
(2)神仏の来臨や神託を請い願うこと。また、高僧などを請い迎えること。
(3)神仏の分身、分霊を他の地に移してまつること。〉
(『日本国語大辞典』小学館刊)

 頼朝がやったのはもちろん(3)だが、あえて(1)(2)も記したのはもともと仏教語だった勧請がこの順番で(3)の意味に変わったことを理解してもらうためだ。これでおわかりだと思うが、キリスト教やイスラム教と違って神道は神霊を無限に分霊することができる。神社には分霊された「神が存在する」のである。その分霊に使用する「道具」が依代であるわけだ。だから、壇ノ浦に沈んだ「剣」も後醍醐が持ち出した「剣」も熱田神宮に祀られている「剣」も、全部本物なのである。これも正確に言えば、前二者は「霊代」と言うべきかもしれない。いずれにせよ「本体」という言葉を使うなら熱田神宮の「剣」がそうだが、それは決して他の「剣」が偽物であることを意味しない。かなりややこしい話ではあるが、おわかりいただけただろうか? じつはこの「ややこしさ」、中世どころか古代いや神代からそうなのだ。

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