その最初の倒閣の原因となった事件を、シーメンス(発音によりジーメンスともいう)事件という。これがまた奇怪な事件なのだが、結果を先に言うと、この事件によって結局山本内閣は崩壊に追い込まれ、なんと山県有朋が復活してしまったのだ。

〈シーメンス事件 しーめんすじけん
1914年(大正3)1月、第31帝国議会開会中、外電による大々的な新聞報道で暴露された、軍艦など兵器輸入にかかわる旧日本帝国海軍の大疑獄で、事件の経過・性格ともに昭和のロッキード事件に比される構造汚職事件。事件発覚の端緒になったドイツの兵器会社ジーメンス社の贈賄(ぞうわい)のほか、最後の輸入戦艦として知られる「金剛(こんごう)」の建造に際し、代理店三井物産を介してイギリスのビッカース社からも多額の贈賄がなされていたことが摘発されたため、「金剛」事件、ビッカース事件ともいわれる。(以下略)〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者松元宏)

 とにかく複雑な事件なのである。若い人はロッキード事件もあまりご存じないだろうから補足すると、「1976年2月に発覚したアメリカ合衆国の航空機メーカー、ロッキードの日本への航空機売り込みにからむ疑獄事件。事件の発端はロッキードの極秘資料がアメリカの上院外交委員会多国籍企業活動調査小委員会に誤配されたことによるといわれる(以下略)」(『ブリタニカ国際大百科事典』)という事件だ。つまり、疑獄の発覚は「外国から」で「郵便の誤配」という、通常はあり得ない事態から「発覚」したということだ。もっとわかりやすく言えば、これは犯罪者が間違って検察庁に自分たちが捕まるような証拠書類を送ってしまった、ということなのである。

一難去ってまた一難

 シーメンス事件も、発覚のきっかけは「外国から」であった。ドイツの軍事産業専門商社シーメンス社(シーメンス・アンド・シュッケルト電気株式会社)の東京支社社員のカール・リヒテルは、会社の犯罪にかかわる重要書類を盗み、東京支店副支店長を脅迫して金をゆすり取ろうとしたが失敗した。そこでリヒテルは、この書類をロイター通信に持ち込んだ。ロイターの東京特派員アンドルー・プーレーはこれは金になると安く買い取り、これをネタにシーメンスから金を受け取り内容は報道しなかった。

 これで事件は闇に葬られるはずだったが、問題は主犯のリヒテルが母国ドイツの警察に窃盗脅迫罪で逮捕されてしまったことだ。彼は、自分の有罪の決め手になる証拠書類の写真を所持していたのである。いまなら「コピーを取っていた」というところだが、なぜ海の向こうの日本での犯罪が官憲にバレたのか? なぜ有罪の決め手になる写真を逮捕に至るまで処分しなかったのか? 疑問は多い。

 とにかく裁判になり、「動かぬ証拠」としてシーメンス社の機密書類が法廷に提出された。そしてその裁判の判決文のなかに、リヒテルが盗んだ書類中に軍艦・兵器等の発注者の日本海軍将校に会社側からリベートが贈られたとの記載があり、これが外国通信社から全世界に打電されたので、日本の政界も上を下への大騒ぎになった。激動の大正政変(1913年)の翌年、年が明けたばかりの一九一四年(大正3)一月二十一日、日本では各紙がこの外電を大々的に取り上げ、二十三日の帝国議会衆議院予算委員会では野党の立憲同志会島田三郎が厳しく山本内閣を追及した。

 島田は尾崎行雄と並び称される雄弁家で、この日の弾劾演説は世論をおおいに盛り上げた。世論沸騰の背景には、これまで海軍・薩摩閥に抑え込まれていた陸軍・長州閥の煽動もあったが、横暴な陸軍に対して海軍には清廉・謙虚なイメージを持っていた国民が、裏切られたと感じたことが大きい。

 山本内閣は陸軍の二個師団増設要求を無視し、海軍力の増強を進めていた。これは必ずしも海軍優先策では無く、日本の軍事力のバランスを念頭に置いたものだったが、その財源として営業税・通行税などの増税を推進する予算案を提出していたため、野党や一般大衆のおおいなる反発を招いた。大衆の思いは、「腐敗し私腹を肥やす海軍が増税を策すとは何事か!」であったろう。この世論の動向を見極めた新聞各紙は、日比谷焼打事件を招いたときのように日本の正しい方向性を示すことよりも、民衆を扇動することに重きを置いた。言うまでも無く、そのほうが新聞が売れるからである。

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