タイパ時代に、人の8分をどう奪うか
いまや<有隣堂しか知らない世界>の視聴者は全国におよび、YouTubeによって「有隣堂」を知った人も多いという。動画の目的である「ファン作り」は着実に成果を出しているといえるだろう。
一方で、YouTubeを取り巻く環境は激化している。参入者が増えると同時に、ブームが終わりつつあると指摘するユーチューバーもいる。ハヤシ氏は現状をどう見ているか。
「僕たちが参入した2、3年前には、『タイパ』という言葉はあまり使われていませんでした。いまは、動画に限らず、あらゆるコンテンツがタイムパフォーマンスを競うようになっています。動画も、TikTokのようなショート動画が主流になっていますし、本の内容を要約するアプリも出てきていますよね。若い人もそうでない人もタイパを意識して生活するようになったいま、人の8分間をいただく大変さを、はるかに感じています」
そんななかで、1時間の生配信がハヤシ氏の予想以上にうまくいっているというから、コアなファンが求めるものはタイパだけではないのだろう。だが「焦ってはいないけれど、危機感はいつも感じている。コンテンツの力を上げていくしかない」と、気を引き締める。
最後に、「YouTubeを見る時間があれば編集していたい」と語るハヤシ氏が注目する動画を聞いた。
「『ながの社長』のTikTokです。仕事をしている社長のところに部下がやってきて、油が飛びはねるような料理を作る。社長は「おいおいおい!」と怒りながら、最終的に、出来上がった料理を美味しく食べるというお決まりの動画です。何がすごいって、会社の事業内容を全く言わない。何の会社かもわからない。気になりすぎて、知名度が上がったという会社です」
この動画には、有隣堂の動画にも通ずる、企業YouTubeの成功のヒントがある。
「企業が作る動画って敬遠されがちです。どうせCMだろうって。だからこそ、逆のものを作るとバズる。『ながの社長』の動画は、一般のユーチューバーが作っても面白くなかったと思います。企業がやるから面白い。有隣堂も同じで、真面目そうな老舗の 書店がやってるから面白いというギャップが根底にあると思います」
冒頭に紹介した本(『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界』)には、 書店員として顔の見える顧客に日々接してきた経験が、YouTubeに活きていると綴られている。BtoCの会社だからこそ、動画でも視聴者の顔を想像しやすく、本音は言うけれど失言しない、面白いけれど炎上しない、絶妙な動画づくりにつながっているのだ。書店が長年培ってきた経験やスキル、広く共有された文化やイメージは、別の分野でも花開くことを、有隣堂の動画の成功は示している。