国交回復をスムーズに進めるための方便とも言うべきものだ。だが、中国は近代以前は皇帝と科挙で選抜されたエリート官僚が「愚かな民」を指導する国であり、毛沢東以降は共産党員という選抜されたエリートが「愚かな民」を指導する国となった。そうした「中国モデル」を日本にあてはめれば、そういう結論になるだろうし、たしかに戦前の日本にそうした傾向があったことは事実である。しかし、本当にそれだけだろうか?
そういえば、豊臣秀吉のいわゆる「朝鮮出兵」も「国民は大反対だった」というのが歴史学界の定説だったが、これも事実はまったく反対だったことは、古くは『逆説の日本史 第十一巻 戦国乱世編』において、最近では『コミック版 逆説の日本史 戦国三英傑編』でも詳しく述べたところだから再説はしない。ポイントは、国民が本当に大反対だったら対外戦争など絶対不可能だ、ということだ。
民主主義以前の社会でも、「殿、御乱心」あるいは「主君押し込め」という言葉があったのをお忘れ無く。要は、あまりに民衆の欲望と乖離していることを成し遂げようとした権力者は、どんなに絶対的な権力を持っていたとしても必ず排除される、ということだ。徳川綱吉が実現しようとした「生命尊重の社会」は「人殺しが仕事」の武家社会では「殿、御乱心」と受け取られおおいに反発されたが、それ以外の多くの民衆には支持されたので綱吉は排除されず結局実現した。
民衆の熱い支持が無いとどんな体制も決して長続きしない。思想や言論の統制や軍国主義で欧米や日本ではきわめて評判の悪い現在の中国も、民衆が熱く支持しているから古くは「一人っ子政策」近くは「ゼロコロナ政策」のような暴政を敷いても簡単には崩壊しない。なぜ支持しているかと言えば、やはり中国史上初めて全国民が豊かになるという夢を実現したからだろう。
こうした歴史的実例を考え併せてみれば、「陸軍の暴走で大日本帝国は崩壊した」などという見方がいかに表層的であるかがわかるだろう。その背景には、あきらかに民衆の熱い支持があったのだ。では、その熱い支持はどのようにして誕生したのかと言えば、本来は国民の耳目となり国民が冷静で合理的で真に国益に適う判断を下せるように、情報という判断材料を提供するマスコミ、この場合は新聞が、本来の目的に沿った役目を果たせなかったということだろう。
ここで再び、山本の辞任の弁に注目していただきたい。「習慣性を馴致」した、というところだ。煽動にはそもそも人を興奮させるような言葉が必要だが、そうした刺激が習慣になってしまった人間は、ますます強い刺激を求める。これも人類の常識と言うべきものである。
(文中敬称略。1379回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2023年5月5・12日号