岸田総理は祖父の代から衆議院議員で3代目。有名私立大学を卒業して、大手商社で勤務した翔太郎くんを4代目にしようとするのは自然の流れ、と周囲の人は思ったはずよ。本人も途中まではその気だったんだと思う。父親の選挙戦を一家で支えてきたせいか、スピーチを聴くとそれなりにちゃんとしているもの。これって昨日今日やろうと思ってできることじゃないよ。
だけど……向かないのよ。政治家に向かないっていうより、政治家の秘書にも向かない。総理大臣の後ろについて官邸に入る姿がニュースのたびに流れたけど、彼の歩き方が総理大臣を支える秘書のものではないの。顔つきもそう。無自覚といえば、国会見学の小学生と大した違いはなくて、前を歩いている父親の後をただついて歩いているように、私には見えた。
でね。今回のことを岸田総理の“親バカ”という人がいるけれど、そうかしら。私は跡継ぎだの長男だのって、江戸時代みたいな価値観が岸田家ほどの家でも通用しなくなってきたと思ったね。翔太郎くんはどう見てもいい子。親に反発をすることなど思いもつかないほど従順。だから親に言われるまま、政務秘書官の椅子にも座ったけれど、それでいっぱいいっぱいなのよ。だからストレスがたまれば、いい子なりの方法で発散する。
恐ろしいことに、「跡継ぎ」だの「長子相続」は生まれたときから、誰からともなく、どこからともなく吹き込まれるのよね。岸田家と並べるのもおこがましいけれど、川沿いの貧乏家のわが実家でも、年子の弟(65才)は「跡取りだから家を継いで大工になれ」と子供の頃から母親に言われて、そうなったもの。私が通った農業高校の男子生徒は、口を開けば「農家なんか継ぎたくないけど、親から長男だっぺと言われっとなぁ」とグチってたっけ。「長男」「跡取り」が絶対的な価値で、本人の意思もへったくれもない。
私が20代半ばのこと。東京は世田谷区の一等地で農家をしている跡取りの長男と仕事をしたことがあったの。彼の両親は公務員として働いて得た収入から固定資産税を払い、相続税のための貯金をしていたのだそう。
「先祖からもらった土地を手放すわけにはいかないと言われて、子供の頃から贅沢なんかしたことありません」と言うから、「そんな土地、売り飛ばしちゃえばいいじゃない」と笑うと、力なく首を振って、「ぼくにはそんな度胸はありません。そう言える野原さんが本当にうらやましいです」と言うの。
「もし彼が跡継ぎでなかったら」
市川猿之助のスキャンダルや長野県で起きた立てこもり事件……このところ長男がらみのニュースに触れるたびに、私は同じことを口走っている。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年6月22日号