で、その後、向かったのが市ヶ谷記念館なんだけど、この建物には見覚えがある。三島由紀夫事件でバルコニーから自衛隊員に向かって檄を飛ばした後、切腹自殺を図ったというニュースに中2の私は衝撃を受けたっけ。
「はい。切腹はこの部屋で起きました。この柱の刀傷は、切腹するという三島由紀夫を助けようと自衛隊が部屋に入ろうとしたとき、それを止めた楯の会の人が刀を振り下ろした跡です」と女性案内人は淡々と話すけれど、むむむ。いま自分がその現場にいると思うと、金縛りにあったみたい。身動きが取れなくなった。
続いて、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷になった大講堂に進み、旧軍の資料や制服などの展示物を見て回った。それにしても軍服の美しさといったら何て言ったらいいのかしら。金のテープが袖いっぱいに大きな模様を作っていて、見惚れてしまう。
「えっ?」と思ったのが、簡素なサンドベージュ色の軍服の胸から下にかけてある、3mmほどの横穴、目をこらして見たら、絹の糸をきっちりと巻いて作ったループで勲章をかける“留め”のようなものなのよね。地味な布地に赤・青・白・金、色とりどりの勲章がここについたらさぞや美しいだろうな。このループをここまで見事にできる職人さんがいまでもいるのかしら……。洋裁好きな私はそんなことを考えていた。地下壕、東京裁判、三島由紀夫事件。“兵どもが夢の跡”を見ていたら、「もぅいいよ」という気分になって、こういう職人のゆるぎない営みに心を寄せたくなったんだよね。
そして、こうしたインパクトの強い大人の社会科自由見学をすると、いつも思うの。見る前と見た後の私は別の人だと。それまで漠然とイメージしていたことが、必ず崩されるんだもの。それだけ「見た」ということは心に大きな爪痕を残すんだと思う。それが何か、さあ言えと急かされても、口の中に重い鉛を入れられたようで言葉にならないんだけどね。少なくとも、「戦争反対」なんて気軽に言えないって。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年9月28日号