「戦後最大の思想家」と呼ばれる巨星が87歳にして墜ちた。心理学者の岸田秀氏(78)が「吉本隆明」と過ごした時間を振り返る。
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吉本さんの考え方に出会ったのは1970年代、40歳を過ぎてからでした。すべての著作を読んだわけではありませんが、『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』に影響を受けました。
国家や社会は確固たる現実的基盤の上に立っているのではなく、多くの人の共同幻想で成り立っている――吉本さんの共同幻想論に触れたとき、思わず「そうなんだよ!」と膝を打ちたくなるほど共感しました。
かつて日本がアメリカを相手に起こした日米戦争にしても、日本人は共同幻想によって誰一人疑うことなく、じつに真剣に戦いました。しかし、戦争が終わるとその幻想はきれいに消え去り、誰もが「何をやっていたんだ」と我に返った。共同幻想で考えればストンと腑に落ちるのですが、当時、そんなことを考える人はいませんでした。国家を幻想という概念で捉える――独創的な理論ですね。
10年以上前に一度だけ対談をしたことがあります。私の考え方を評価してくれまして、「大雑把だけど自分の頭で考えている」と仰っていただきました(笑い)。
でも、100%意見が一致したわけではありません。考え方が食い違うこともあって、互いに歩み寄ることのない議論にもなりました。吉本さんは、その後どこかで「岸田さんは私の理論を理解していないが、そのうちわかるだろう」なんて書いていましたが、今となってはいい思い出です。
※週刊ポスト2012年4月6日号