国際情報

サムソンの実態に権力と正義、民族の歴史の歪さ関係との指摘

【書評】『サムスンの真実 告発された巨大企業』(金勇澈著、金智子訳/バジリコ/1890円)
【評者】笹幸恵(ジャーナリスト)

 * * *
 韓国が世界に誇る企業グループ、サムスンが本格的なグローバル化を始めた1997年、ひとりの元特捜検事が夢と希望を抱いて入社した。検事時代に社会の不正を正そうと生真面目に働き、かえって周囲に疎まれることになった本書の著者である。彼は法曹界に絶望し、合理的な経営ノウハウを持った一流企業を志望したのだった。

 しかし、夢と希望が打ち砕かれるのにそう時間はかからなかった。著者が配属された「室」と呼ばれる構造調整本部は、李健煕(イ・ゴンヒ)会長の意思そのものであり、「室」の幹部は系列企業の社長よりもはるかに格が上だ。そんな経営の中枢に入ったことで、著者はサムスンのあらゆる不正を目の当たりにすることになったのだ。

 法曹界、マスコミ、そして政権にまで徹底的に行きわたるロビー活動。そのために必要な賄賂と、組織をあげての裏金作り。

 とりわけ、1996年に傘下のサムスンエバーランドの転換社債を会長の長男である李在鎔(イ・ジェヨン)・現サムスン電子社長兼COOが時価よりも安値で購入した「エバーランド転換社債事件」では、会長親子の法的責任が問われないよう「室」がシナリオを作り、関係者全員が口裏を合わせた。あらゆる不正は李健煕会長の利益のために、そして息子への経営権継承のために行なわれた。

 著者は7年間「室」で法務と財務を担当した末、2004年に退職。そして2007年、良心に従ってサムスンの不正を世に知らしめるため「良心の告白」と題する文書を発表したが、ほとんどのマスコミから無視された。

 著者の告発を受けて検察が動いたが、エバーランド転換社債事件では、関係者が背任罪で起訴されたものの李健煕会長は無罪となった(2009年)。脱税容疑で会長に有罪判決が出た裁判でも、李明博大統領によって特別恩赦を受けた(2009年)。

 本書はそうした経緯を含め、サムスンの違法行為の数々を暴いた本で、2年前に出版されてベストセラーとなった。

 著者に対しては退職後も何者かによって監視、尾行、盗聴が続けられた。これに限らず、本書が浮き彫りにするサムスングループの内実は、現在の北朝鮮の体制にそっくりだ。息子に地位を継承させるため、あらゆる手段を使う。会長ファミリーの私益を膨らませることが忠誠の証で、それらは倫理や法律よりも優先される。

〈韓国社会においてサムスンは、単なる特定の企業の名前ではない。サムスンにどのような立場を取るかは、財閥に甘い韓国社会の支配的な価値観に同意するかどうかを示すリトマス試験紙なのである〉

 サムスンが君臨する今、韓国の民主主義は軍事政権時代よりも後退している、と著者は言う。しかし、果たしてそれは社会における浄化機能の有無だけに起因する話だろうか。権力に寄りかかる社会的構造(北朝鮮体制と驚くほど酷似している)、それを生む道徳的、倫理的価値観の欠如そのいずれもが民族的な特性によるものだとしたら、根はあまりにも深い。

 本書が明かすサムスンの実態には、企業倫理はもとより、権力と正義、民族の歴史、さらには民主主義……こうしたものすべての歪さが複雑に絡み合っているように感じるのは私だけだろうか。

※SAPIO2012年4月25日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

日米通算200勝を達成したダルビッシュ有(時事通信フォト)
《ダルビッシュ日米通算200勝》日本ハム元監督・梨田昌孝氏が語る「唐揚げの衣を食べない」「左投げで130キロ」秘話、元コーチ・佐藤義則氏は「熱心な野球談義」を証言
NEWSポストセブン
ギャンブル好きだったことでも有名
【徳光和夫が明かす『妻の認知症』】「買い物に行ってくる」と出かけたまま戻らない失踪トラブル…助け合いながら向き合う「日々の困難」
女性セブン
破局報道が出た2人(SNSより)
《井上咲楽“破局スピード報告”の意外な理由》事務所の大先輩二人に「隠し通せなかった嘘」オズワルド畠中との交際2年半でピリオド
NEWSポストセブン
河村勇輝(共同通信)と中森美琴(自身のInstagram)
《フリフリピンクコーデで観戦》バスケ・河村勇輝の「アイドル彼女」に迫る“海外生活”Xデー
NEWSポストセブン
《私の最初の晩餐》中村雅俊、慶応大学に合格した日に母が作った「人生でいちばん豪勢な“くずかけ”」
《私の最初の晩餐》中村雅俊、慶応大学に合格した日に母が作った「人生でいちばん豪勢な“くずかけ”」
女性セブン
『君の名は。』のプロデューサーだった伊藤耕一郎被告(SNSより)
《20人以上の少女が被害》不同意性交容疑の『君の名は。』プロデューサーが繰り返した買春の卑劣手口 「タワマン&スポーツカー」のド派手ライフ
NEWSポストセブン
ポジティブキャラだが涙もろい一面も
【独立から4年】手越祐也が語る涙の理由「一度離れた人も絶対にわかってくれる」「芸能界を変えていくことはずっと抱いてきた目標です」
女性セブン
生島ヒロシの次男・翔(写真左)が高橋一生にそっくりと話題に
《生島ヒロシは「“二生”だね」》次男・生島翔が高橋一生にそっくりと話題に 相撲観戦で間違われたことも、本人は直撃に「御結婚おめでとうございます!」 
NEWSポストセブン
木本慎之介
【全文公開】西城秀樹さんの長男・木本慎之介、歌手デビューへの決意 サッカー選手の夢を諦めて音楽の道へ「パパの歌い方をめちゃくちゃ研究しています」
女性セブン
大谷のサプライズに驚く少年(ドジャース公式Xより)
《元同僚の賭博疑惑も影響なし?》大谷翔平、真美子夫人との“始球式秘話”で好感度爆上がり “夫婦共演”待望論高まる
NEWSポストセブン
中村佳敬容疑者が寵愛していた元社員の秋元宙美(左)、佐武敬子(中央)。同じく社員の鍵井チエ(右)
100億円集金の裏で超エリート保険マンを「神」と崇めた女性幹部2人は「タワマンあてがわれた愛人」警視庁が無登録営業で逮捕 有名企業会長も落ちた「胸を露出し体をすり寄せ……」“夜の営業”手法
NEWSポストセブン
男装の女性、山田よねを演じる女優・土居志央梨(本人のインスタグラムより)
朝ドラ『虎に翼』で“男装のよね”を演じる土居志央梨 恩師・高橋伴明監督が語る、いい作品にするための「潔い覚悟」
週刊ポスト