年商4400億円を稼ぎ出す国内最大手のドラッグストア、マツモトキヨシ。各地に点在する黄色い看板の店に加え、10月から新たに「赤のマツキヨ」も出現している。実はここ、医師の処方薬を専門で販売する調剤薬局なのだ。
近年、ドラッグストアが調剤事業に参入する動きが目立っている。「セイジョー」(ココカラファイン)や「スギ薬局」(スギホールディングス)なども、処方箋を受け付ける窓口設置店を増やして、それぞれ300億円以上の売上高を誇る。
調剤事業に乗り出すのは、なにも薬を扱う業界ばかりではない。ファミリーマートが「薬ヒグチ」(ヒグチ産業)と組んだり、セブン―イレブン・ジャパンが調剤薬局大手のアインファーマシーとの共同店舗を出店したりするなど、コンビニも虎視眈々と専門薬局の“お株を奪う”戦略を加速している。
経済評論家の山崎元氏が、市場激化の背景について解説する。
「出店が飽和状態のドラッグストアは、相次ぐ市販薬の安売り競争でかなり経営体力を失っています。そこで、薬価(公定価格)が定められ、安定した収益を得られる処方薬に触手を伸ばしたというわけです。もちろん高齢化に伴い、さらなる市場の拡大を見越しているのは言うまでもありません」
こうした流れは、薬局業界にとって質向上につながると、山崎氏は評価している。
「既存の調剤薬局は、どんなに薬剤師がおざなりな対応やサービスをしても、決してツブれることはありませんでした。批判を恐れずにいえば、医者も薬剤師も薬局の経営者も、みんな利権の中に立脚していて、厚労省のコントロール下で競争の働かない“無風”な業界だったわけです。でも、大手ドラッグストアの参入で健全な競争が行われれば、顧客志向のサービスが徹底され、ひいては薬価の引き下げにつながる可能性もあります」
しかし、ドラッグストア側には、まだ乗り越えなければならない大きな壁が立ち塞がっている。
まずは、深刻な薬剤師不足である。国家試験をくぐり抜けた毎年約9000人の薬剤師のうち、ドラッグストアに就職するのは3割程度で、ほとんどが製薬会社や病院に就職してしまう。ウエルシアホールディングスが今春入社の薬剤師に他社の3倍にあたる年俸600万円を提示して話題になったが、それでも多くのドラッグストアで計画の5~7割程度しか採用できなかった。
「薬剤師が1日に受付できる処方箋は40枚までと決められているので、それ以上の規模と需要のある調剤薬局をつくろうとすれば、多くの薬剤師を雇わなければならない。そこが拡大戦略のいちばんのネック」(大手ドラッグストア幹部)
さらに、健全な競争をあえて歪めようとする厚労省との闘いも残っている。これまで処方箋をドラッグストアに持ち込むと、薬品購入者の自己負担分について、ドラッグストアのポイントが付与される場合があったが、同省が「健康保険法が禁止する値引き行為に該当する」との理由で、10月1日から禁止する省令施行に踏み切ったのだ。
この決定に対し、日本チェーンドラッグストア協会は「消費者利益の側面から考えても、極めて大きな疑問と怒りを感じている」と表明し、場合によっては法廷闘争も辞さない構えを見せている。
前出の山崎氏も、厚労省の判断は「理解に苦しむ」と憤る。
「ポイント付与率は自己負担額のたかだか1%程度で、これによって病院の患者が増えて健保財政が圧迫されるとか、過剰投薬につながるとか断罪するのは大げさ過ぎます。むしろ、ビジネス上でまったく差がつかない仕組みのほうが問題です。ポイントが貯まる薬局がいいか、親切丁寧な薬局がいいか、ポイントもサービスも要らないから、病院や自宅の近所にある薬局がいいか……。その判断は顧客である患者に委ねるべきです」
良い薬を早く安く手に入れたい――という患者の要望に応える調剤薬局が広がるまでには、しばらく時間がかかりそうだ。