「背に腹は代えられないという苦渋の決断だったと思いますよ」
こう業界関係者たちが口を揃えるのは、サッポロビールが次々と新商品発表をしたことを受けての感想。本来ならば「若者のビール離れ」などでビールの消費量が年々減少する中にあって威勢のいい話になるはずだが、そうは問屋が卸さなかった。
なにしろ、11月26日発売の第3のビール「サッポロ みがき麦」はイオン向けの共同開発商品。その翌日に発売されるビール「セブンプレミアム 100%MALT」もその名の通り、パッケージの前面にサッポロビールの社名さえ入らないセブン&アイのプライベートブランド(PB=自主企画)として売り出されるからだ。
これまで、サッポロ以外からも大手小売りとの共同開発商品は売り出されてきた。
キリンビール&セブン―イレブンジャパンの「まろやか酵母」(ビール)、アサヒビール&イオンの「アサヒ 宵音」(プレミアムビール)、サントリー酒類&セブン&アイHDの「ザ ブリュー」(第3のビール)などが代表例だ。
しかし、各社とも自社ブランドを捨てるPB販売はプライドが許さないとばかりに消極的。サッポロの大掛かりなPB参戦表明は、「名より実を取った」(関係者)と一様に受け取られてしまったのである。
なぜ、サッポロは小売りと“結託”する道を選んだのか。経済誌『月刊BOSS』編集長の河野圭祐氏が、同社商品の苦境ぶりを解説する。
「1987年にアサヒから『スーパードライ』が出るまで業界シェア2位だったサッポロですが、その後ジリジリと追い抜かれて2008年からアサヒ、キリン、サントリーに次ぐ万年4位。主力の『黒ラベル』の年間出荷数量は1769万ケースで、落ち目のキリン『一番搾り』のおよそ半分。プレミアムジャンルでトップを走っていた『ヱビス』に至っては、サントリーの『ザ・プレミアム・モルツ』の勢いに押されて、ついに1000万ケースを切ってしまいました」
主軸商品が売れないとなれば、もはやブランド名を死守する必要はない。他社へのOEM(他社ブランドの製品を製造すること)供給で生き残る術は、既に自動車メーカーなどでは当たり前で、何もビールメーカーだけに突き付けられた選択肢ではない。
ビール業界に詳しいジャーナリストの永井隆氏も「PB生産は起死回生のチャンスになることだってあり得る」と話す。
「大手小売りが買ってくれるとなればマーケティング投資が要らないし、あらかじめ生産量が決められるので、冷え切っていた工場の稼働率を上げることもできます。セブンやイオンの莫大な店舗数に必ず置いてもらえる商品を作るメリットは大きいのです」(永井氏)
永井氏はサッポロ復活のカギとして、経営者の手腕にも注目している。
「現社長の寺坂史明さんは、宣伝部時代に山崎努さんと豊川悦司さんが激しく卓球をする黒ラベルのCM『LOVE BEER?』を企画して販売底上げに貢献するなど、新しい取り組みに積極的。自身も子供のころから病弱だったり、地下鉄サリン事件に巻き込まれたりと不運をバネにしながら粘り強く社業に専念してきました。さまざまな経験を積んで社長になった人だけに、今後の独自路線や経営の舵取りにも期待したいです」
プライドを超えたサッポロビールの協業戦略が、今後吉と出るか凶と出るか。