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葉室麟氏 イイ年したオヤジが初恋話で盛り上がれる理由解説

【著者に訊け】葉室麟氏/『おもかげ橋』/幻冬舎/1680円

 男にとって初恋の記憶は永遠に美しいままらしい。まして相手が憧れのマドンナなら、なおさらである。3人の男女の儘ならぬ人生を哀歓豊かに描いた時代小説『おもかげ橋』を上梓した葉室麟氏は、“初恋”についてこう語る。

「実際は何もなかったくせに男はバカですね。今でもイイ年したオッサン同士が『あの視線は絶対オレに気があった』『いや、オレだって脈はあった』と、ありもしない可能性に熱くなり、一晩中でも話がもつ(笑い)。でも、その初恋の人なり高嶺の花なりを今も大切に想えること自体、それだけ自分がブレずに生きてきた証なんじゃないかな?」

 葉室麟著『おもかげ橋』の凸凹コンビ、〈草波弥市〉と〈小池喜平次〉がまさにそうだ。かたや〈剣は一流、されど暮らしぶりは不器用にて五流〉な貧乏道場主、かたや日本橋の飛脚問屋・丹波屋をとりしきる婿養子は、ともに肥前・蓮乗寺藩の元藩士。わけあって国許を追われた彼らはよりにもよって追放の原因を作った勘定奉行の娘の護衛を頼まれ、かつての想い人〈萩乃〉と16年ぶりに再会する。

 藩内ではなお政争が絶えず、萩乃の夫の消息も知れない中、陰謀に立ち向かう弥市たちはあくまで一途だ。男の純情と友情、女の哀切とが交錯する、おかしくも滋味あふれる一冊である。

 歴史小説や時代小説を、今、書く意義を、葉室氏は「あくまで僕の場合は」と断わった上で、こう説明する。

「つまり日本人はそれまでの自分を二度否定されているわけです。一度目は明治の近代化、二度目は先の敗戦で、その傷を克服できないまま、今度は経済の敗北に自分を見失いつつある。

『自分を信じる』と書いて自信と読むように、ありのままの自分を信じられない日本人に自信がないのは、今に始まった話じゃない。だからこの国の歩みや文化芸術の豊かさを歴史小説に書き、古き佳き美風や人々のあり方を時代小説に書いてきた。それを読者が仮に美しいと感じてくれるとしたら、その美しいものは今も僕らの中にあるんですよ。だから心に映える。そういう自信や誇りの地道な回復手段として小説を書いてきたつもりです」

 尾形光琳・乾山兄弟に材を取った『乾山晩愁』や、無実の罪で十年後の切腹を命じられた男の清冽な生涯を描く直木賞受賞作『蜩ノ記』など、登場人物の実在架空を問わず“あらまほしき日本人の背中”を読ませる葉室作品には、2005年のデビュー以来、全作品を読破するファンも多いと聞く。

「今回は40男の恋の顛末を、僕自身わりと寛いだ感じで書いていて、再会したマドンナが16年経って見るも無残だと困るし、綺麗すぎてもまた困る(笑い)。妻子持ちの喜平次はもちろん、未だ独身の弥市にしても〈萩乃殿は丸々と肥えて、昔の面影などなくなっているかもしれん〉と予防線を張ったわりには純情男子に逆戻りで、そんな時、燻る恋心にどう決着をつけたらいいかを考えてみました」

 発端は蓮乗寺家の庶流ながら藩政を牛耳る〈左京亮〉と、萩乃の父〈猪口民部〉ら改革派の対立にあった。藩下に倹約を強いる一方、自らは酒池肉林の贅沢三昧に耽る〈化け物〉の不正を喜平次らに暴かせた民部は、藩の再建のため密命を下す。幕閣を抱き込んでお家乗っ取りを企む左京亮を、国境の猿掛峠で襲わせたのだ。化け物はなりを潜めたが、功労者の弥市らに藩は実質追放ともいえる致仕を命じ、要は捨駒にされたのである。

 やむなく江戸へ出た2人は今でも会えば憎まれ口を叩き合う仲で、面長の弥市が〈糸瓜〉なら色黒な喜平次は〈牛蒡〉。蓮乗寺藩とはもう何の関わりもないが、聞けば国許に戻った左京亮は民部を蟄居に追い込み、密使に送られた萩乃の夫も江戸で消息を絶ったらしい。その夫を捜しにきた萩乃を、高田村・面影橋近くに所有する店の寮に匿う喜平次も、泊まり込みで警護する弥市も、心中は複雑だ。喜平次が自戒をこめて弥市に言う。

〈萩乃殿はこれといった気持もないのに、男に思い違いをさせてしまう〉〈かなわぬ恋をするのは辛いぞ〉

「萩乃は世間が見れば男心を弄ぶ悪い女なんでしょう。でも本人に悪気はなくとも結果的に媚を売ってしまっている女性って結構いると思うし、女が女として見られたいと思うのは生物的に当然の衝動。その女としての魅力や能力が萩乃の場合は禍を招き、不義を疑われたりするわけで、そうした美女ゆえに負う宿命や悲哀も、克服させたかった。

 この年になれば女も男もいろいろある。その屈託や傷を抱えた相手をより深い部分で理解し、支え合えるとすれば、こっちもそれだけ成長したってこと。欲望だけだった若い頃とは次元が違うわけです(笑い)。少なくとも相手のもろもろをいいと思える自分の方が僕は好きですし、思うに任せなかった過去と向き合い、“好きな自分”を発見することで、人は誰にひけらかすためでもない真の自信を得ることもできるんです」

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年3月1日号

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