国内

新聞が「TPPは日米安保問題」と書けない理由はどこにあるか

 いよいよ始まるTPP交渉。貿易自由化の面だけではなく、安全保障・防衛問題とも密接に絡んでいるTPPだが、報道は貿易自由化にばかり焦点が当てられているのはどうしてなのだろうか? ジャーナリストの長谷川幸洋氏が解説する。

 * * *
 環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加に向けて、日本と米国の事前協議がまとまった。日本は参加意思を表明済みなので、合意自体は織り込み済みのプロセスである。多くのメディアは「日本が譲歩した」といった調子で報じた。米国が輸入する自動車関税の撤廃時期を後ろ倒しするのを容認したからだ。

 読売新聞は「(日本が)遅れて参加を求めたために一定の譲歩を余儀なくされた面もある」(4月13日付)と書いている。これはやんわりとしたほうだ。朝日新聞はずばり「高い『入場料』を払わされることになる日本にとって、交渉に参加する意義はかすんでいる」(同)と批判してみせた。

 だが、どちらも基本的な点でバランスを欠いているのではないか。そもそも貿易自由化の面だけでTPPを評価するのは無理がある。TPPはアジア太平洋地域の安全保障・防衛問題と密接に絡んでいる。その評価が見えない。

 TPP参加国は自由と民主主義、市場経済、法の支配といった価値観を共有している。だが、中国や北朝鮮はそうではない。中国を封じ込める必要はないが、両国を隣に抱える日本にとって、TPPは間違いなく安保防衛の強化に役立つはずだ。

 つまり日本にとって、TPPのメリット・デメリットは貿易自由化と安保防衛の両面で考えるべきなのだ。そういう視点からみると、各紙の報道はあまりに貿易自由化の側面ばかりに偏っていた。安保防衛上の意義を強調した安倍晋三首相の発言に触れたのは、朝日新聞と東京新聞くらいである。

 TPP報道が貿易自由化の側面に偏るのは、いくつか理由がある。まず記事を書くのが経済記者たち中心である。経済記者は「安保防衛の側面がある」と分かっていても「そこはおれたちの仕事じゃない」と割りきっている。そういう取材もしていない。だから記事に出てこない。それが一つ。

 もっと根本的には、安保防衛面でTPPに切り込むと日本の立ち位置に触れてしまう。深入りすると、日米同盟に対する評価にまで踏み込まざるをえなくなる。「それは避けたい」という気分があるのではないか。

 はっきりいえば「安保防衛で米国の世話になっているから、通商問題では譲歩せざるをえない」という現実にメディアがどう立ち向かうのか、という問題である。私は尖閣諸島をめぐって中国と鋭く対立し、北朝鮮による核ミサイルの脅威も現実化している中で、ある程度の妥協はやむをえないと思う。もともとTPPでの関税撤廃は10年計画でもある。

 記者たちは「安保防衛を考えてないのか」と言えば、一人ひとりに思いはあるだろう。だが、ずばり「譲歩はやむをえない」とか、逆に「米国の保護などいらない」などとは言いたくない。そんなことを言ったら、右から左から批判が飛んでくるからだ。

 それで「触らぬ神にたたりなし」とばかり、微妙な話には触れないという姿勢になる。わずかに朝日が社説で「意義と効果は経済面にとどまらず、政治・外交面にも及ぶ」(4月13日付)と及び腰で触れたくらいである。

 公平のために言えば、毎日新聞は短く「対中国・北朝鮮で米国と連携を保つためにTPP参加は不可避との声が強かった」という政府関係者の声を紹介した(同)。本質はここだ。

 もともとTPP参加表明に慎重だった安倍政権が参加に向けて動き出したのも、2月の日米首脳会談で北朝鮮の核危機対応を話し合ってからだ。TPPはその一環である。メディアも自分の立ち位置をはっきりさせるべきだ。

※週刊ポスト2013年5月3・10日号

関連記事

トピックス

食品偽装が告発された周富輝氏
『料理の鉄人』で名を馳せた中華料理店で10年以上にわたる食品偽装が発覚「蟹の玉子」には鶏卵を使い「うづらの挽肉」は豚肉を代用……元従業員が告発した調理場の実態
NEWSポストセブン
大谷翔平の妻・真美子さんの役目とは
《大谷翔平の巨額通帳管理》重大任務が託されるのは真美子夫人か 日本人メジャーリーガーでは“妻が管理”のケースが多数
女性セブン
17歳差婚を発表した高橋(左、共同通信)と飯豊(右、本人instagramより)
《17歳差婚の決め手》高橋一生「浪費癖ある母親」「複雑な家庭環境」乗り越え惹かれた飯豊まりえの「自分軸の生き方」
NEWSポストセブン
雅子さまは免許証の更新を続けられてきたという(5月、栃木県。写真/JMPA)
【天皇ご一家のご静養】雅子さま、30年以上前の外務省時代に購入された愛車「カローラII」に天皇陛下と愛子さまを乗せてドライブ 普段は皇居内で管理
女性セブン
稽古まわし姿で土俵に上がる宮城野親方(時事通信フォト)
尾車親方の“電撃退職”で“元横綱・白鵬”宮城野親方の早期復帰が浮上 稽古まわし姿で土俵に立ち続けるその心中は
週刊ポスト
殺人未遂の現行犯で逮捕された和久井学容疑者
【新宿タワマン刺殺】ストーカー・和久井学容疑者は 25歳被害女性の「ライブ配信」を監視していたのか
週刊ポスト
本誌『週刊ポスト』の高利貸しトラブルの報道を受けて取材に応じる中条きよし氏(右)と藤田文武・維新幹事長(時事通信フォト)
高利貸し疑惑の中条きよし・参議院議員“うその上塗り”の数々 擁立した日本維新の会の“我関せず”の姿勢は許されない
週刊ポスト
東京駅17番ホームで「Zポーズ」で出発を宣言する“百田車掌”。隣のホームには、「目撃すると幸運が訪れる」という「ドクターイエロー」が停車。1か月に3回だけしか走行しないため、貴重な偶然に百田も大興奮!
「エビ反りジャンプをしてきてよかった」ももクロ・百田夏菜子、東海道新幹線の貸切車両『かっぱえびせん号』特別車掌に任命される
女性セブン
店を出て染谷と話し込む山崎
【映画『陰陽師0』打ち上げ】山崎賢人、染谷将太、奈緒らが西麻布の韓国料理店に集結 染谷の妻・菊地凛子も同席
女性セブン
高橋一生と飯豊まりえ
《17歳差ゴールイン》高橋一生、飯豊まりえが結婚 「結婚願望ない」説を乗り越えた“特別な関係”
NEWSポストセブン
雅子さま、紀子さま、佳子さま、愛子さま 爽やかな若草色、ビビッドな花柄など個性あふれる“グリーンファッション”
雅子さま、紀子さま、佳子さま、愛子さま 爽やかな若草色、ビビッドな花柄など個性あふれる“グリーンファッション”
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! 岸田首相の脱法パーティー追撃スクープほか
「週刊ポスト」本日発売! 岸田首相の脱法パーティー追撃スクープほか
NEWSポストセブン