生死にかかわる重病患者が植え込む──そんなイメージがある心臓ペースメーカーだが、近年事情が変わってきた。器具や手術の進歩などで、症状が深刻でないケースでも植え込みに踏み切る人が増えているのだ。より元気に、より長生きするためにペースメーカーを入れるという選択もある。
「まず左の鎖骨あたりを切開して、そこにペースメーカーのリード(導線)を差し込む。心臓を目指して静脈の中をキュッ、キュッて通していくんだ。それが心臓まで届いたら、リードの先端を心臓の壁にネジ止めで固定する。ハッキリ覚えてるんだけど、ネジは11回まわしてたよ。
そこでジョークを一発、医者にかましてやった。『いま11回数えたよな。でも、いくら麻酔を打っても9まで数えたら必ず起き上がる患者がいるんだ。彼の職業は、ボクサーだよ』
手術室がドッカーンと沸いたね。そしたら今度は看護師の1人が上手いこといいやがる。『手術が終わったら本当の“ロボジー”になりますね』だってよ。今はすこぶる快調だね。このペースメーカーのおかげで20代の頃に戻ったようだ。入れられる人にはお勧めしたいね。そのうち全員がペースメーカーになっても不思議じゃないよ」
そう話すのは、俳優や歌手、落語家など多彩な顔を持つミッキー・カーチス氏、74歳。映画『ロボジー』(2012年公開)ではロボットの中に入る主役の老人役を好演するなど、70歳を過ぎてなお第一線で活躍するイケイケのご老人だ。
ペースメーカーといえば生死にかかわる深刻な心臓の病気を持つ人が植え込むもの、というイメージが一般的だろう。だが、近年、そのイメージは変わりつつある。実際にミッキー氏の場合、術前にも映画にドラマに引っ張りだこで仕事をこなしていた。
なぜペースメーカーを入れることになったのか。ミッキー氏が明かす。
「仕事はバンバンこなしてたし、体調が悪いなんて思わなかった。ただ、最近は息切れが激しくなって、階段を上るのも億劫になってたんだ。でもまァ、“トシなんだから、こんなもんだろう”って思ってたね。
そしたらこの5月上旬に熱が出た。しぶしぶ病院に行って検査を受けたところ、『房室ブロック』っていう不整脈があることがわかったんだ。心室と心房の刺激伝導系がイカれちゃったとかで、その時の俺の脈拍は1分に20回ちょっとしかなかったんだな。こりゃマズイってことになって、ペースメーカーを入れることになったんだよ」
手術室に入ってから出るまで約2時間半。実際に植え込む作業は15分程度だったという。胸部の局所麻酔だから意識もハッキリしていて、冒頭のようにジョークをかます余裕さえあった。そして手術から1週間ほどで退院。徐々に効果を実感してきたという。
「気づいたら顔色は良くなったし息切れもしなくなってた。今じゃ舞台稽古のわずかな休憩の合間に、地下1階から4階まで階段を駆け上がって喫煙所で葉巻をふかしてるよ。もう血圧の薬も飲まなくなったよ。脈拍は95。まるで20代だな(笑い)。この秋に20代の役者が中心の新演出の舞台、シェークスピアの『十二夜』に出るんだけど、彼らに囲まれても体力じゃ負けてないよ。
去年の俺はまるでエベレストの頂上にいるみたいに息苦しかった。今はそこから降りてきたぐらいに爽快だよ。いや、今ならエベレストだって登れちゃうかもしれないぞ(笑い)」
※週刊ポスト2013年7月12日号