ライフ

依頼殺到中の画家・山口晃氏 対象見ないで描けるは本当か?

自身の描いた作品の横に立つ山口晃氏

 群馬県立館林美術館で個展準備中の山口晃を訪ねると、五木寛之の新聞連載小説「親鸞完結篇」の挿絵を会議室で描いている真っ最中だった。原稿がぎりぎりに届くので、パソコンとスキャナーは出張するときの必需品である。

 資料を見ることもなく、輪郭線にさらさらと色を置いていく。山口といえば、ひとつの画面にさまざまな時空が混在する題材の面白さもさることながら、絵そのもののうまさ、画力の確かさに定評がある。「対象を見ないでも描ける」と言われるのは本当なのだと思ってそういうと、

「いえいえ。『親鸞』はシリーズも3作目ですし、一度資料を見て描いたのを覚えているだけのことです。いきなり『ムベンベ』(アフリカに生息しているといわれる幻獣)を描け、と言われても描けません」

 展覧会場の片隅でインタビューを始めようとすると、当代きっての人気画家は取材陣のためにどこからかベンチを運んできた。あくまで謙虚で飄々とした受け答えに、なぜかたじろいでしまう。

 絵がひっぱりだこというだけでなく、著書『へンな日本美術史』(祥伝社)でも第十二回小林秀雄賞を受賞した。鳥獣戯画や洛中洛外図といった日本美術の「へンな」面白さを、画家ならではの視点で解説、橋本治や養老孟司ら選考委員に激賞された。

 授賞式のスピーチでは、古今亭志ん生の口調で小林の『無常といふ事』を読んで見せるというサービス精神を発揮し会場をわかせた。

「大きな声では言えませんけど、ああいう受賞スピーチってあまり面白かったことがない(笑)。来てくださった方が退屈するのが心配で、ちゃんとした挨拶はもうひとりの受賞者(新潮ドキュメント賞)の佐々木実さんがなさるでしょうから、ぼくは会場をちょっと柔らかくしようと」

 本当は、小林秀雄で読むうちにだんだん志ん生になっていく、というのをやろうと思っていたが、「それはちょっとハードルが高くて……」とのことである。

 山口のもとには、さまざまな依頼が来る。成田国際空港旅客ターミナルや東京メトロ西早稲田駅のパブリックアート、三越百貨店百年記念の絵画制作、公共広告機構の「江戸しぐさ」のポスターなどなど。昨年十一月にはなんと、宇治の平等院に襖絵十四面を奉納した。

「初めに依頼をいただいたときは手にあまると言いますか、ぼくでいいんでしょうかと。まあ気にしすぎると筆が縮こまりますので、お叱りを受けるのを覚悟で、割と好き勝手にやらせていただきました」

 制作にあたって、建具のひとつとしての襖ということをじっくり考えた。近代日本画では絵にパース(遠近)をつけるが、そうすると四方を囲まれたとき妙に落ち着かないものになってしまう。その点を考慮し、平面性を生かした風景を墨の濃淡で描いた。平等院からは、新たな襖絵の依頼も受けている。

■『山口晃展 画業ほぼ総覧──お絵描きから現在まで』が、群馬県立館林美術館にて平成26年1月13日まで開催中。当地に関連した最新作や子供時代の「幻の作品」などが一堂に会する。

取材・文■佐久間文子 撮影■本誌・太田真三

※週刊ポスト2013年11月1日号

関連キーワード

トピックス

降谷健志の不倫離婚から1年半
《降谷健志の不倫離婚から1年半の現在》MEGUMIが「古谷姓」を名乗り続ける理由、「役者の仕事が無く悩んでいた時期に…」グラドルからブルーリボン女優への転身
NEWSポストセブン
警視庁がオンラインカジノ店から押収したパソコンなど(時事通信フォト)
《従業員や客ら12人現行犯逮捕》摘発された店舗型オンカジ かつての利用者が語った「店舗型であれば”安心”だと思った」理由とは?
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、さまざまな障壁を乗り越えてきた女性たちについて綴る
《佐々木希が渡部建の騒動への思いをストレートに吐露》安達祐実、梅宮アンナ、加藤綾菜…いろいろあっても流されず、自分で選択してきた女性たちの強さ
女性セブン
看護師不足が叫ばれている(イメージ)
深刻化する“若手医師の外科離れ”で加速する「医療崩壊」の現実 「がん手術が半年待ち」「今までは助かっていた命も助からなくなる」
NEWSポストセブン
(イメージ、GFdays/イメージマート)
《「歌舞伎町弁護士」が見た恐怖事例》「1億5000万円を食い物に」地主の息子がガールズバーで盛られた「睡眠薬入りカクテル」
NEWSポストセブン
キール・スターマー首相に声を荒げたイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
《英国で社会問題化》疑似恋愛で身体を支配、推定70人以上の男が虐待…少女への組織的性犯罪“グルーミング・ギャング”が野放しにされてきたワケ「人種間の緊張を避けたいと捜査に及び腰に」
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
【新宿タワマン殺人】和久井被告(52)「バイアグラと催涙スプレーを用意していた…」キャバクラ店経営の被害女性をメッタ刺しにした“悪質な復讐心”【求刑懲役17年】
NEWSポストセブン
女優・遠野なぎこの自宅マンションから身元不明の遺体が見つかってから1週間が経った(右・ブログより)
《上の部屋からロープが垂れ下がり…》遠野なぎこ、マンション住民が証言「近日中に特殊清掃が入る」遺体発見現場のポストは“パンパン”のまま 1週間経つも身元が発表されない理由
NEWSポストセブン
幼少の頃から、愛子さまにとって「世界平和」は身近で壮大な願い(2025年6月、沖縄県・那覇市。撮影/JMPA)
《愛子さまが11月にご訪問》ラオスでの日本人男性による児童買春について現地日本大使館が厳しく警告「日本警察は積極的な事件化に努めている」 
女性セブン