谷川から答えがないので「じゃあその時は僕に電話して相談してください」と私はジョークのつもりで言った。すると谷川は「わかりました。その時は大崎さんに決めてもらいますから」と、恐らくそれもジョークなのだろうが真顔で答えたのだった。

 1月7日の第7戦での谷川の負けを知った時、私は小さくない動揺に襲われている自分を感じていた。さすがに谷川から電話が掛かってくることはなかったが、万が一電話が来た時の言葉を捜し続けていた。

 谷川は何といっても潔さを信条とした美学の男である。14歳でプロデビューしてから常にトップを走り続けてきた。そんなプライドもあり、また本人の驚くほどにあっさりした性格から、一気に引退もあるのではないかと考えていた。現在は日本将棋連盟会長の重責を担っているということもある。

 しかし私の懸念はあっさりと吹き飛ばされた。降級が決まった直後に谷川は談話を発表した。「来期はB級1組で頑張ります」という実に簡潔なもの。その言葉に迷いは一切なく気負いも感じられず、逆に拍子抜けするほどあっさりとした、実直な谷川らしいものであった。

 私はその言葉を聞き、何か久々に谷川の清々しさに触れたように思えた。そうそう、谷川はいつもそんな感じだった。

※週刊ポスト2014年2月7日号

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