新年度が始まり、色々な場所で新人を見かける季節となった。新社会人として張り切る彼らの姿は初々しいが、ビジネスである以上「新人だから」の言い訳は許されないはず。理髪店で、その「新人だから…」というような事態が生じた場合、客はどの程度賠償を要求できるのだろう? 弁護士の竹下正己氏はこう回答している。
【質問】
大事な商談の前に理髪店に行ったのですが、髭を剃ってもらう段階で店主が外出。見習いの新人が剃った結果、技術が稚拙で顎から首にかけて血だらけに。商談も、取引先に絆創膏だらけの顔を不審に思われ不調となりました。この理髪店に対し、精神的苦痛を含めた損害賠償請求は可能でしょうか。
【回答】
理髪店で顔を傷つけられることはめったにないことですが、深剃りすれば血がにじむこともあります。でも、すぐ止まりますし、傷になって目立つこともありません。大抵は、傷つけられたともいえないほどでやむを得ない受忍限度内でしょう。
しかし、あなたの例は度を越しています。絆創膏が貼られるほどの傷は、立派なケガです。医師でいえば、手術ミスといってもよいほどです。理髪店で散髪してもらう関係は、一種の請負契約ですが、その場合、理髪店は客の顔を傷つけないで散髪と髭剃りをする義務があります。傷つければ、仕事に瑕疵があったことになりますから、損害賠償の義務を負います。ただし、絆創膏を貼って治りますから、実際の損害はありません。
とはいえ結婚式直前の花婿や容貌が財産であるモデルなどがひどい傷をつけられた場合には、被った精神的苦痛への慰謝料や仕事を無くしたことによる逸失利益の賠償請求が認められる可能性はあります。ただこれらは、特別損害であり、床屋がそうした事情をあらかじめ知っているか、知りえた場合に限ります。なので、あなたの商談不調による損害の賠償は無理かと思います。
もっとも、傷が周囲に不安や畏怖を感じさせるほどであれば、あなたもつらい思いをしたはずで、その精神的苦痛に対し、慰謝料が請求できると思います。傷はすぐ治ります。写真に撮ったり、医師の診断を受け、証拠を残しておくことが大切です。
なお理容師法という法律により、理容の業務が適正に行なわれるように規制しています。理容師になるには、理容師試験に合格しなければなりません。そして、理容師免許を取得した者しか理髪店を営業できません。理髪の請負契約の当事者は店主です。損害が生じれば賠償する責任は、当該新人だけでなく、理髪店にもあります。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年4月18日号